【論点】外国影響力規制と研究資金―外国からの研究助成をどう扱うべきか
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1. 問題の所在
外国からの研究資金を、外国影響力規制の対象とすべきだろうか。
この問題は、単なる資金の話ではない。大学や研究機関は国際的な知識交流によって発展してきた。一方で、近年は外国政府や政府系機関が研究資金を通じて学術界や政策形成に影響を及ぼす可能性も指摘されている。
とりわけ、安全保障、先端技術、エネルギー政策、医療政策などの分野では、研究成果そのものが国家戦略と結び付くこともある。そのため、「学問の自由を守るべきだ」という考え方と、「外国からの影響を可視化すべきだ」という考え方が対立する。
研究資金は学術研究を支える重要な基盤である。しかし同時に、資金提供者が研究テーマや研究成果の発信に影響を及ぼす可能性も否定できない。
外国影響力規制を設計する際、研究資金をどのように位置付けるべきなのだろうか。
2. 論点の分解
(1) 選択肢
A案 研究活動を原則として除外する
外国政府や外国組織から研究資金を受けていても、研究活動そのものは外国影響力規制の対象としない考え方である。
国際共同研究や学術交流を重視する立場であり、外国からの研究助成は学問の自由の一部として扱われる。
フランスなどの制度は概ねこの方向に近い。
B案 研究資金の開示を求める
研究活動自体は規制しないが、外国から資金提供を受けている事実や関係性の開示を求める考え方である。
研究者や大学は自由に研究を継続できる一方、社会は研究成果の背景にある資金源を把握できる。
透明性と学問の自由の均衡を図る中間的なアプローチであり、近年の米国やオーストラリアではこの方向の制度が強化されている。
C案 一部の研究活動を外国影響力活動として扱う
外国政府や政府系機関のために行われる一定の研究活動について、外国影響力規制の対象とする考え方である。
特に政策提言や世論形成を伴う活動については、外国政府の利益のために行われる影響力活動として登録義務を課す。
米国FARAやオーストラリアFITSAには、この考え方に近い要素が存在する。
(2) 考慮要素
学問の自由
研究は本来、政治権力や市場から独立して行われるべきものである。
規制が強すぎれば研究者を萎縮させ、国際共同研究を阻害するおそれがある。
透明性
研究成果が政策形成や世論形成に影響を与える場合、その背後にどのような資金提供が存在するのかを社会が知る利益も存在する。
国家安全保障
先端技術や軍民両用技術の研究では、研究成果そのものが国家安全保障上の意味を持つことがある。
外国政府からの研究資金をどの程度警戒するかが問題となる。
国際競争力
多くの大学や研究機関は海外資金や国際共同研究に依存している。
規制が過度に厳しくなれば、研究拠点や優秀な研究者が国外へ流出する可能性もある。
政策提言との境界
純粋な学術研究と、政策提言や世論形成を目的とした研究活動との境界は必ずしも明確ではない。
大学附属研究所やシンクタンクでは特に問題となる。
3. アメリカ(主にFARA)でどう扱われているか
米国FARAは研究活動そのものを直接規制する法律ではない。しかし、外国主体の代理人として政治活動や広報活動を行う場合には登録義務が生じる。
FARA §611(c)(1)(22 U.S.C. §611(c)(1))は、「外国主体の命令、要請、指示または統制の下で活動する者」を広く外国主体の代理人として定義している。また、FARA §611(o)(22 U.S.C. §611(o))は「政治活動」を広く定義している。
制度構造として見ると、FARAは本来、外国主体の利益のために活動する者を広く捕捉するという意味でC案に近い発想を採用している。
一方、FARA §613(e)(22 U.S.C. §613(e))には学術活動に関する除外規定が存在し、「真正な宗教的、学校的、学術的もしくは科学的活動」は登録義務から除外される。そのため、単なる研究助成金の受領だけでは通常FARA登録は不要である。
ただし、外国政府の委託を受けて政策提言や世論形成活動を行う場合には登録対象となり得る。
さらに近年の米国では、FARAとは別に、高等教育法第117条(Higher Education Act §117)や研究インテグリティ制度を通じて、海外からの研究資金や外国との関係性の開示を求める制度が整備されている。
制度全体として見ると、FARA自体はC案的な構造を持ちながら、学術活動については除外規定を設けている。また、研究資金の透明化については別制度によってB案的な対応を強化している。
採用している考え方は、主として「B案とC案の組み合わせ」である。
4. 諸外国ではどうなっているか
英国
英国のFIRS(Foreign Influence Registration Scheme)は、National Security Act 2023に基づき創設され、2025年7月1日に施行された。
制度はPolitical Influence TierとEnhanced Tierの二層構造を採用している。
Political Influence Tierでは、外国勢力の指示に基づき英国の政治過程や政府意思決定に影響を与える活動が登録対象となる。そのため、純粋な学術研究活動は通常登録対象になりにくい。
他方、Enhanced Tierでは、指定外国勢力または指定外国勢力支配法人との取決めに基づく広範な活動が登録対象となる。現時点ではロシアおよびイラン関係の指定対象について、研究・教育活動を含む幅広い活動が登録対象となり得る。
もっとも、登録義務が生じるのは、単に研究資金を受領した場合ではなく、指定外国勢力の指示に基づいて活動する場合である。
そのため、英国制度は研究資金の規制というよりも、外国勢力による指示・統制関係を重視する制度と位置付けられる。
近い案は「A案を基本としつつ、指定外国勢力との関係では指示・統制関係に着目した強い登録義務を課す制度」である。
オーストラリア
オーストラリアのFITSA(Foreign Influence Transparency Scheme Act 2018)は、外国政府関連主体のために行われる特定の影響力活動を登録対象としている。
同法第20条から第23条には登録対象活動が規定され、第24条以下には除外規定が置かれている。
大学や研究機関であっても、外国政府の利益のために政策形成や政府意思決定へ影響を与える活動を行う場合には登録対象となる可能性がある。
一方で、純粋な学術研究や通常の研究助成金の受領は一般に登録対象ではない。
また、大学向けにはUniversity Foreign Interference Taskforce(UFIT)による研究インテグリティ指針も整備されている。
近い案は「B案を基本としつつ、一部にC案を含む制度」である。
カナダ
カナダの外国影響力透明性・説明責任法(Foreign Influence Transparency and Accountability Act:FITAA)は、外国主体との取決めに基づく影響力活動の登録を中心とする制度である。
研究資金そのものを規制対象とする構造ではなく、外国主体のために行われる影響力活動との結び付きが重視されている。
なお、FITAAは2024年に成立したが、登録簿および登録義務に関する主要規定は現時点では未施行である。
近い案は「B案」である。
フランス
フランスにはFARA型の包括的な外国影響力登録制度は存在しない。
研究資金については大学法制や研究倫理規則による管理が中心であり、外国資金を理由として研究者を外国代理人として扱う制度は採用していない。
近い案は「A案」である。
5. 日本にあてはめると
日本国憲法第23条は学問の自由を保障している。そのため、研究活動そのものを外国影響力規制の対象とするC案を採用する場合には慎重な検討が必要となる。
一方、日本の大学や研究機関は近年、海外大学、海外財団、外国企業、外国政府系機関との共同研究を拡大している。
特にAI、量子技術、半導体、バイオテクノロジーなどの分野では、研究活動と経済安全保障との関係が強まっている。
A案を採用すれば学術交流への影響は最小限となるが、外国政府の影響が見えにくくなる。
B案を採用すれば透明性を高めながら学問の自由への影響を抑えることができる。
C案を採用すれば安全保障上の懸念には対応しやすいが、大学や研究者の萎縮を招く可能性がある。
また、日本には経済安全保障推進法や研究インテグリティに関するガイドラインが既に存在しており、新たな制度との役割分担も重要な論点となる。
6. 考え方の整理
この論点の本質は、「学問の自由」と「外国影響力の透明化」のどちらを優先するかという単純な問題ではない。
むしろ、両者をどのように両立させるかという制度設計上の課題である。
研究は本質的に国境を越える活動であり、外国資金があること自体が直ちに問題となるわけではない。他方で、研究成果が政策形成や世論形成に影響を与える場合、その背景にある資金提供の実態を社会が知る利益も存在する。
研究者を疑う社会は健全とはいえない。しかし、研究資金の流れを全く見ない社会もまた健全とはいえない。
外国からの研究資金について、社会が求めるべきなのは規制なのか、それとも透明性なのか。そして、どこからが学術研究で、どこからが外国影響力活動なのだろうか。
