民主主義の歴史64 フリードリヒ・ハイエク 隷属への道
フリードリヒ・ハイエクは、冷戦期の思想家として語られることが多い
だが彼の問題意識は、共産主義そのものよりも深い
彼が恐れたのは、善意によって組織される社会だった
設計された社会への不信
ハイエクの思想の出発点は、きわめて単純である
社会は、誰かが全体を把握して設計できるほど単純ではない
経済活動
職業選択
技術革新
価値判断
これらはすべて、無数の個人が持つ断片的で局所的な知識の集積によって動いている。中央に座る誰かがそれを「最適に配分」できるという発想そのものが知的な傲慢だと、ハイエクは考えた
自生的秩序という考え方
ハイエクが提示したのが自生的秩序(spontaneous order)という概念である
秩序は、必ずしも設計者を必要としない
言語
慣習
法
市場
これらはすべて、誰かが意図的に設計したわけではないが、長い時間の中で機能する秩序を形成してきた
市場も同じだ。価格は、誰かの道徳判断ではなく、分散した情報を伝達するシグナルである。この仕組みを「正義」や「平等」という基準で上書きしようとすること自体が秩序の破壊につながる
「社会的正義」という危険な言葉
ハイエクが最も強く批判した言葉が社会的正義(social justice)である
彼は断言する
社会的正義とは意味を持たない言葉である
なぜか
正義とは、本来、個人の行為に対して適用される概念であり、結果として生じた分配に適用されるものではない市場の結果は、誰かが「不正」を働いた結果ではない。それは、無数の自由な選択が交差した結果にすぎない
そこに「不公平だ」「是正すべきだ」という判断を持ち込む瞬間、誰かが配分の基準を決め強制的に介入することにな。ここから自由の後退が始まる
善意が全体主義へ向かう道
ハイエクの全体主義批判は、ヒトラーやスターリンだけを対象にしていない
彼が描いた恐怖は、もっと穏やかでもっと道徳的な顔をしている
貧困をなくしたい
不平等を是正したい
社会をより良くしたい
こうした善意が、国家に配分の権限、計画の権限、例外を認める権限を与えていく。その結果、誰が得るべきか、誰が我慢すべきか、を決める権力が集中するハイエクは、これを「隷属への道」と呼んだ
全体主義は、悪意からではなく善意から生まれる
民主主義への冷ややかな視線
重要なのは、ハイエクが民主主義者であったという点である
彼は
選挙
議会
法の支配
を否定していない
だが同時に、民主主義に幻想を抱かなかった
多数派が選んだ政策でも、自由を破壊するならそれは拒否されるべきだ
民主主義は、目的ではない手段にすぎない
自由を守れない民主主義に正当性はない
ハイエクの限界
もちろん、ハイエクの思想は多くの反論を招いた
市場の結果が、世代間格差や構造的貧困を固定化する場合はどうするのか
出発点が著しく不平等な社会でも「結果への介入」は禁じられるのか
この問いにハイエクは十分な答えを与えていない
だが、彼が突きつけた警告は、今も有効である
自由主義の否定的核心
ハイエクは、自由主義を理想としてではなく制約として捉えた思想家である
私たちは、善意であってもすべてを正すことはできない
知らないことが多すぎる。だからこそ権力は制限されなければならない
次章では
同じ自由主義者でありながら、まったく異なる答えを示した思想家へ進む
自由は市場に委ねれば守られるのか
それとも国家が支えなければ崩れるのか
