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続々・ニッポン人が恐い 論点先取の誤謬

論点先取の誤謬とは、論証すべき命題をあらかじめ「前提」のなかに暗黙的または明示的に含めてしまう論理的誤謬のこと。結果、循環論に陥ってしまう。

先のバブル的大勝に勢いをえて発せられる高市の片言隻句に筆者など戦慄の日々だが、逆に元気をもらう人々もいるらしい。ここ note でも最近よく皇位継承に関する投稿を散見する。

このテーマで発言する人はみな一家言を持っているらしく、自信たっぷりに微妙な表現の差をめぐって丁々発止。いっそのこと、有識者会議を含めて議論が空中分解しないかと「不謹慎」な期待を抱く。


そうした異論の数々にもかかわらず、かれらに共通するのは冒頭にあげた論点先取の誤謬である。

かれらにとっての大前提は、天皇制は日本(人)にとってなくてはならない至高の価値を体現する制度であり、今後も永遠に続いていくべき制度である、というもの。


しかしそれは別途論証を必要とする命題である、と筆者は信ずる。日本人だけで320万の犠牲者を出した太平洋戦争直後に『砕かれた神』を書いた復員兵渡辺清とともに。

(今でいう関連死をふくめれば、犠牲者はどこまでいったか、想像を絶する!!)


老婆心と余談:

〇数学の教師らしい某氏は、その論稿のなかで定義もなしにカッコ付きの「国体」という言葉を用いていたが、かれの生徒らが読んだら、春と秋に開かれる国民運動会のことと誤解するのではないか…?

〇筆者の狭い読書範囲にもかかわらず、天皇制崇拝者である数学者をふたりも知っている。ひとりは一般向け数学書の序文で歴代天皇名を列記し、日本人ならこれらを間違いなく暗唱できなくてはいけない、と書いていて腰を抜かした。論理の塊のような数学脳にしてこれだから、多くのニッポン人が「男子万世一系」と聞くと途端に理性を遮断してしまうのは無理もないか。でも怖ろしい!!


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