【実録⑳】相続放棄したはずなのに相続人?――"ブーメラン相続"が会社を救った日
「藤川先生、助けてください。このままだと、銀行からの融資が実行されず、会社の運転資金がショートしてしまいます。でも、一体誰にお願いして手続きを進めればいいのか、もう私にはさっぱり分からないんです……」
私の事務所に駆け込んできたのは、東京都中野区で製造業を営む二代目社長、井上貴明さん(50歳)でした。
4年前に創業者である浅井前社長から会社を引き継ぎ、業績は右肩上がり。しかし、先代社長が生きているうちに整理しきれなかった、致命的な「宿題」が残されていました。それが、会社の経営権の要である「自社株式」の移転です。
株式は先代社長が100%保有したままでしたが、事業が落ち着いたら譲り受けようと考えていた矢先、先代は病に倒れ、3年前に急逝してしまったのです。
■ 子ども全員の「相続放棄」と、突然の経営危機
先代社長の葬儀の席で、井上さんは長男に「会社の株式を譲り受けたい」と切り出しました。しかし、返ってきたのは予想だにしない拒絶の言葉でした。
「申し訳ないけれど、私たちは親父の遺産を一切引き継ぐつもりはないんだ。親父は個人的に会社から多額の借金をしていたらしいじゃないか。僕たち兄弟3人は全員、家庭裁判所に『相続放棄』の手続きをするから、株式のことはもう関わらないでくれ」
相続放棄をされると、その人は法律上「最初から相続人ではなかった」ものとみなされます。子どもたち全員が、株主になる権利も義務も完全に手放してしまったのです。
そしてついに、最悪のツケが回ってきました。さらなる事業拡大のために金融機関へ融資の申し込みを行ったところ、担当者から冷徹な事実を突きつけられたのです。
「現在の御社の株主名簿は、亡くなった前社長の名義のままです。これでは株主総会を正当に開くこともできず、重要な経営判断が法的に一切できません。株主が確定しない限り、これ以上の融資は不可能です」
融資が止まれば、会社は一気に倒産の危機へと追い込まれます。会社を救うためには、先代社長の「現在の相続人」を特定し、その人と交渉して株式を譲り受けなければなりません。子ども全員が放棄した今、一体誰が株主なのか? 絶望に暮れる井上さんから依頼を受け、私は浅井先代社長の戸籍を徹底的に遡る調査を開始しました。
■ 法律の網の目が引き起こした「奇跡の逆流現象」
一般的に「相続放棄をすれば、その人の相続問題はそこで終わり、他の誰かにバトンが回る」という認識で間違いありません。
第一順位である子どもたち3人が全員放棄したため、相続権は第二順位である「直系尊属(両親)」へと移りますが、ご両親はすでに他界。となれば、次に移るのは第三順位である「兄弟姉妹」のラインです。
戸籍を深く読み解くと、先代社長には2人の弟がいることが分かりました。「この弟さんたちと交渉するしかない」と思い、彼らの現在の戸籍を追跡したところ、私はデスクの前で思わず頭を抱えてしまいました。なんと、その弟2人とも、先代社長が亡くなった3年前の直後に、相次いで死亡していたのです。
名義人が死亡し、子どもが放棄し、親は既に死亡していて、兄弟まで死亡している。その後の調査で、亡くなった2人の弟たちは、兄が亡くなった際、相続放棄の手続きをしていなかったことが分かりました。つまり、弟2人は兄である浅井前社長の『相続人』という法的なステータスを持ったまま、この世を去っていました。
では、一度も結婚せず、子どももいなかった弟たちの権利は、一体誰が引き継ぐのか? 家系図に線を繋ぎ、複雑な法律のパズルを解き明かした瞬間、私は激しい衝撃に襲われました。
そこに浮かび上がってきたのは、一度は相続放棄により正面玄関から逃げ出したはずの子どもたちの元へ、おじたちの死亡を経由して、裏口から不気味なブーメランのように相続権が逆流して返ってくるという、信じられない戸籍の盲点だったのです。
■ この案件の詳細(本編はこちら)
ここから先、物語は専門家さえも驚く劇的な展開を迎えます。
「相続放棄したはずの負債(借金)が戻ってきた」と知った長男たちは、一体どんな反応を示したのか? そして、戸籍調査の過程で明らかになった「負債の影に隠されていたお父様の本当の遺産」とは?
長男側が正式に弁護士を立てて始まった、会社の存続をかけた緊迫の裏側。会社が抱える「回収不能な不良債権」と、喉から手が出るほど欲しかった「100%の株式(経営権)」を物々交換させた、司法書士の書面作成による後方支援の全貌は、公式サイトにて詳しく公開しています。
■ 司法書士 藤川健司の「ひとりごと」
今回の案件は、「相続放棄したからといって、永久にその人間と縁が切れるわけではない」という、法律の網の目が生み出した非常に特殊なケースでした。
しかし、この物語が教えてくれる最も重要な教訓は、「事業承継において、社長の椅子(代表権)だけを引き継いでも、株式(所有権)をセットで移転しておかなければ、それはいつ爆発するか分からない爆弾を抱えて走るのと同じだ」という過酷な現実です。
先代社長が元気なうちに、自社株式の譲渡や遺言による指定をキッチリと行っていれば、新社長が会社倒線の危機に瀕することも、残されたご家族がブーメラン現象に翻弄されることもなかったはずなのです。
大切な会社と、そこに集まる従業員の生活を、次の世代へ確実につなぐこと。そのためには、目に見える事業のバトンだけでなく、目に見えない「株式という法的な裏付け」を絶対に後回しにしてはなりません。
もし、ご自身の会社やご家族の相続で「後回しにしている宿題」があるなら、手遅れになる前に、いつでも私たちを頼ってください。
■最後に
この物語が、同じような悩みを持つ方の希望になれば幸いです。
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