【実録⑰】戸籍に現れた“見知らぬ二人のフィリピン人”——どうなる?|住所も連絡先も分からない国際相続の結末
「藤川先生、母の口座手続きをしようと思って戸籍を集めたんですが……。見たことも、聞いたこともない名前が載っているんです」
私の事務所を訪れた前田俊介さん(66歳 練馬区在住)は 、分厚い戸籍謄本を見つめながら困惑しきった表情でため息をつかれました。
数ヶ月前に90歳で大往生を遂げられたお母様の遺産は、合計700万円ほどの預貯金。長男である前田さんは手続きも簡単に終わるだろうと考えていました。しかし、数年前に若くして亡くなった弟 和雄さんの戸籍を見たことで事態は一変します。
和雄さんには二度の離婚歴があり、二度目の妻がフィリピン国籍の女性だったのです。そこには、前田さんさえ存在を知らなかった孫にあたる子供、マリアさんとカルロスさんの名前がポツリと刻まれていました。
「フィリピンにいるという二人の承諾がなければ、銀行は一円もお金を下ろしてくれません。でも、現地の住所すら一切わからないんです……」
手元にあるのは名前と生年月日だけ。文字どおりのゼロスタートでした。
■ 領事館への調査と、「最悪のシナリオ」への備え
「前田さん、まずは在日フィリピン領事館へ所在照会をかけてみましょう」
私は前田さんを安心させるように語りかけましたが 、実務のプロとしては同時に「最悪のシナリオ」も想定していました。もし回答が『該当者なし』だった場合、手続きは完全に暗礁に乗り上げます。行方不明のまま裁判所の手続き(不在者財産管理人など)を挟めば、かなりの時間と多額の費用がかかり、700万円の遺産に対して費用倒れになってしまうからです。
だからこそ私は、二つのルートで動く覚悟を決めました。正面から調査を尽くしてもどうしても住所が判明しなかった場合、その「調査の足跡」を証明する報告書と、銀行に迷惑をかけない旨の念書を作成し、国内の相続人だけで解約に応じてもらうよう泥臭く交渉する、という「奥の手」を用意したのです。
「どちらに転んでも解決できるよう動きましょう」
そう伝えて領事館へ正式に問い合わせを行いました。すると数週間後、私たちの予想を遥かに裏切る、驚くべき回答が届きます。領事館のネットワークによって、二人の現地の最新住所だけでなく、なんと現在使われている「電話番号」と「メールアドレス」までが一時に判明したのです。
■ 言葉の壁を越えた、タガログ語のリモート面談
連絡先が判明したことで、正当な相続人全員による「遺産分割協議」という王道ルートへ進むことになりました。しかし、マリアさんたちは日本語が話せません。
私は法律表現のチェックのために補助的にAIツールを活用し、礼儀正しく正確な英文の案内文を作成してメールを送りました。メッセージは極めてシンプルです。「あなた方には正当な権利(12分の1ずつ)があります。権利を放棄してもらうためではなく、法定相続分どおりにきっちり分配するために、手続きに協力してほしいのです」
丁寧なラリーを重ねて信頼の土台を築いた後 、オンラインでのリモート面談を提案しました。さらに、専門的な法律の話を届けるため、かねてより知人であった日本語が堪能なフィリピン人の友人に通訳として同席を依頼したのです。
画面が繋がり、通訳の友人が温かいタガログ語で語りかけると、二人の表情が一気に和らぎました。「法律どおりの権利をわざわざ調べて連絡をくれた藤川先生と前田叔父さんの誠実さに感動しました。喜んで協力します」
心の通う対面があったからこそ、二人は慣れない現地の「サイン証明書」の取得にすぐさま奔走してくれ、数週間後、証明書がオフィスに届いたのです。
■ パソコンから一瞬で届いた「真心の送金」
すべての書類が揃い、都内の銀行で700万円の解約手続きが完了しました。今回の相続の方針は「一円の狂いもなく法定相続分どおりに分配する」こと。
最後に残ったマリアさんとカルロスさんの取り分(それぞれ約50万円相当)を送金する段階を迎えましたが 、現地の二人は銀行口座を持っておらず、現金での一括受け取りを希望していました。一般の海外送金では口座が必要な上、着金までに何日もかかってしまいます。
「一番安全で、早く確実にお金を届けてあげたい」
そう考えた私は、口座がなくても現地の取扱窓口で即座に現金を受け取れる、セブン銀行の「海外送金サービス」を利用しました。オフィスのパソコンから送金ボタンをクリックし、メールを送ったわずか数分後のことです。
「先生!今、近くのモールの中にある窓口でお金を受け取りました!本当に一瞬で日本からの送金が届きました!」
メールには、現地通貨を手に満面の笑みを浮かべる二人の写真が添付されていました。国境を越え、何万キロも離れたマニラの空の下と私のオフィスが、テクノロジーと誠意によって一瞬で繋がった瞬間でした。
■ この案件の詳細(本編)
国境を越えた国際相続における、所在調査のリアルな舞台裏。海外在住の相続人と信頼を築くための実践的なリモート折衝術。高い国境の壁を誠実さで打ち破った全容は、公式サイトにて詳しく公開しています。
※外国籍の相続人がいる場合の相続手続きの解説記事はこちら
■ 司法書士 藤川健司の「ひとりごと」
すべてが完了した後、前田さんが再び事務所にお見えになり、マリアさんたちの写真を愛おしそうに見つめながらこうおっしゃいました。
「和雄が亡くなってから縁は切れたと思っていました。でも、母の相続がきっかけで、また新しい親族の交流が始まった気がするんです。来年の孫の結婚式には、二人を日本に招待しようかって、みんなで話しているんですよ」
前田さんの目には、温かい涙が浮かんでいました。
法律の手続きは、国境を越えると途端に難解になり、住所すらわからないとなれば専門家でも二の足を踏むことがあります。しかし、最悪のシナリオへの備えをしながらも正面からの可能性を信じてトライする。そして何より、全員が「法定相続分どおりに」という誠実なルールを守ることで、どんなに高い国境の壁も越えることができるのだと、私自身が深く教えられました。
■最後に
この物語が、同じような悩みを持つ方の希望になれば幸いです。
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