【風月図書館】会計事務所25年のキャリアを捨てて、司書になった理由
2冊の本が、私の背中を押した。
しかし本当のことを言えば、危機感は本よりも先に、現場からやってきた。
50代で会計事務所を辞め、大学に入り直し、司書になった。傍から見れば無謀な選択だったかもしれない。しかし後悔は今も一切ない。
25年間、それが私のすべてだった
大学の商学部を卒業し、専門学校の税理士受験専門課程で学んだあと会計事務所に入り、気づけば25年が経っていた。
税務申告、記帳代行、決算書の作成。数字と向き合い続けた日々は、決して嫌いではなかった。むしろ誇りを持っていた。税理士試験の科目合格を重ね、専門家としての自信も少しずつ積み上げてきた。
会計事務所の幹部職員としてクライアント数十件を担当し、税務調査にも立ち会う日々。フルタイムの仕事と受験勉強、育児、家事を両立させるのは大変だったが、充実していた。
このまま定年まで勤め上げる。もしくは税理士として独立する。それ以外の未来を、真剣に考えたことはなかった。
崩壊は、現場から始まっていた
転機は、本ではなく現場からやってきた。
2004年から始まった国税庁の電子申告システム、いわゆるe-Taxの導入は、官公庁のDXの中でも最も早かった。それに伴い、税理士事務所も一般の企業よりずっと早く、デジタル化の波に飲み込まれていった。
システム導入には多額の費用がかかる。小規模な事務所は廃業するか、複数の事務所が統合して税理士法人を設立するか——二択を迫られる時代が、静かに、しかし確実に始まっていた。
世間がAIの脅威を語り始めるより10年以上も早く、私たちはすでにその入り口に立っていた。
AIに取って代わられる仕事
そんな時期に、ある雑誌で目にした特集記事がある。
「AIに取って代わられる職業ランキング」——その1位が、会計士・税理士だった。
2013年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授らが発表した論文の中の、「会計士や監査人の仕事が20年以内にAIに代替される確率は94%」という記述をもとにした記事だった。
驚きはなかった。むしろ、「やはりそうか」という確信だった。現場でなんとなく感じていた予感が、現実となって目の前に現れた瞬間だった。
税理士や公認会計士は会計分野の最難関の資格である。試験に合格するには、勉強に専念できても最短で2年以上、仕事しながらでは数年、中には十数年かかって合格する場合も多々ある。
試験科目も多岐にわたり、私も法人税、所得税、相続税、市民税、事業税、消費税などすべての税目において高度な専門知識を身につけてきた。
確定申告や会社の法人申告業務を、コンピュータがない時代から、電卓と自分の専門知識だけで計算して、行ってきたのだ。
それでも、e-Taxが導入されて、税務申告専用の会計ソフトが、人間が何日もかけて行っていた業務を、やすやすと数時間でこなすのを見ていて考えは変わった。
計算や申告などの会計分野は、難易度は高くても定型業務であり、AIが最も得意とする分野なのだ。それに人間が勝てるわけがない。
税理士を目指すのをやめよう。そう決心した。
「気づいたけど動けない」というジレンマ
危機感を覚えた人は、きっと私だけではなかったはずだ。
しかし多くの人は、そこで止まる。
「まだ大丈夫だろう」「自分は特別なケースだ」「定年まであと何年だから」——そうやって、気づかなかったことにする。私にも、その迷いはあった。
50代という年齢が、さらに足を重くした。
今さら何かを変えるには遅すぎる。新しいことを始めても、若い人には勝てない。そんな声が、頭の中で繰り返し響いた。
しかし同時に、もう一つの声もあった。
このまま何もしなかったら、10年後の自分はどうなっているのか。
その問いだけが、私を動かした。
その時読んでいたのが、リンダ・グラットンの『ワークシフト』『ライフシフト』だ。
60代になればあとは老後なのかと思っていた私に、人生は100歳まで続き、その中をマルチステージで生き抜くことを教えてくれた。
「そうだ、まだ人生3分の2も過ぎていない。だったらこれから何でもできるし、何にでもなれるのだ。」
20代の頃、スマホもPCもなかった時代に、中学英語とガイドブックだけを頼りに、オーストラリアにバックパッカーとして一人旅立った時の、熱意が蘇ってきた。
読み終えた時、迷いは消えていた。
私が「司書」を選んだ理由
なぜ司書だったのか、とよく聞かれる。
答えは単純ではない。本が好きだったのはもちろんだが——それだけではない。
図書館が、AIやデジタル化から最も遠い場所だったからだ。
もちろん図書館の中には、電子図書館で電子書籍が読めるところもある。新刊の本は紙でも電子書籍でも読めるし、書店と同じくこの流れは加速していくだろう。
ただ図書館の役割は、最近出版された書籍を利用者に提供するだけではない。明治、大正、昭和あるいはそれ以前の古い貴重な資料を収集し、保存し、後世に残していく大事な役割を担っている。その資料の大半はデジタル化されることもなく、紙の本のまま保存されている。その資料から知識を引き出すには、AIではなく、人の力が必要だ。
『ライフシフト』では、情報があふれる時代に、必要な知識を選び、整理し、届ける人間の価値は下がらないことを示している。司書という仕事は、誰かが知識を必要とする限り、AIに取って代わられることは当分の間ないだろうと思った。
そして何より、会計事務所で25年かけて培った「情報を整理し、必要な人に届ける」という能力は、司書の仕事と驚くほど重なっていた。
キャリアをただ捨てたのではなく、古い土台の上に新しい柱を立てたのだと、今は思っている。
動き出すのに、遅すぎることはない
あなたはどうだろうか。
今のキャリアが10年後も通用すると、本当に思っているだろうか。
私は現場でその答えを先に見てしまった。だから動いた。
50代で大学に入り直すことを決めた日、正直なところ怖かった。周囲の反応も、手続きも、学費のことも——考え始めると不安はつきなかった。
それでも動いた。動かない未来の方が、ずっと怖かったからだ。
どうやって大学入学までこぎつけたのか。周囲の反応はどうだったのか。50代の大学生活とはどんなものだったのか。そして司書になって何を得たか。
それは次回に書こうと思う。
次週は、「【風月図書館】週末司書が選ぶ今月のおすすめ本」です。
今回の記事で述べた、『ワークシフト』、『ライフシフト』を取り上げます。
私がこの本から何を学び、本を読んで具体的にどう行動したかを深掘りします。
最後までお読みいただきありがとうございました。
また次回お会いしましょう。
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