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資産はいけそうだけど、我が家がFIREしない理由

SNSで、FIREをよく目にする機会が増えた気がします。

SNSを開けば「いかに早く労働から解放されるか」という話が溢れてて、それはそれで素敵な生き方だなとは思うんですが。

先週末、チューハイを飲みながら夫とそんな話になりました。

「最近よくFIREって聞くけど、私たちはどう思う?」

夫はこう言いました。

「魅力的ではあるけど、うちはやらないんじゃないかな」

「だよね。今の生活、別に嫌じゃないし」

そう、私たちはFIREを目指すのをやめました。
というか、最初から「完全リタイア」という選択肢が、私たちの人生設計に入っていなかった気がします。

貯蓄は順調で、シミュレーション上で「そのうち働かなくても生きていける」未来も描けます。

でも明日も普通に、それぞれの仕事に向かうんだと思います。

宝くじで100億円が当たっても、きっと今の生活を大きく変えることはない。

なんでそう思うのか、今日はそんな話を書いてみます。

夫にとって、会社は「搾取される場所」じゃない

世間では「労働からの解放」が正解みたいに語られますが、夫の会社に対する感覚はちょっと違うみたいで。

「会社って、僕にとっては自己実現のフィールドなんだよね。積み上げていくスポーツみたいな感覚。この組織の中でどこまで自分の力を試せるか、どこまで大きな仕事ができるか。そのプロセスが面白いんだよ」

年収や役職だけじゃなくて、人間関係や「自分の価値」を確認できる場所として、会社が機能してるみたいです。

「暇なのはお互い苦手だもんね」と言ったら、夫はこう笑いました。

「そう。忙しい忙しいって言いながら、毎日アップデートし続けてる今の生活リズムが、僕には一番合ってるんだと思う」

「何もしない」って、私には怖い

私自身も、完全リタイアの生活を想像すると、なんか足が止まっちゃうんですよね。

家事も、細々と続けてる仕事も、毎日にメリハリをつけてくれる大事なスパイスで。

「何もしなくていい」っていう空白の時間は、今の私にはむしろ不安の種です。

お金の自由を手に入れたとして、じゃあその時間をどう使うの?って考えると、結局何かしら社会と繋がっていたいという気持ちが強くて。

チューハイを飲みながら週末の予定を話し合って、平日は仕事でほどよく疲れて、美味しいものを食べる。

その「ちょうどいい忙しさ」を含めた日常が、私たちにとって一番充足感のある形なんだと思います。

100億当たっても、たぶん明日も仕事に行く

「もし明日100億円当たっても、今の生活続ける?」って聞いても、私たち夫婦の答えは一致してます。

たぶん翌朝も普通に起きて、仕事に行く。

お金の不安が減っても、人生の不安がゼロになるわけじゃないし。

だったらFIREという「出口」を血眼で探すより、今いる場所で自分たちらしく楽しむ方が、ずっと豊かだと感じてます。

FIREを考えた時間は無駄じゃなかったです。

「自分たちは何を大切にしたいのか」をちゃんと話し合えたから、こうして心から「今のままでいい」と思えるようになったので。

FIREは一つの正解。

でも、世間の物差しに合わせなくていい。

「こんな変わった夫婦もいるんだな」くらいに、ゆるく受け取ってもらえたら嬉しいです。



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