「人生100年時代」には、身体のメンテナンスが不可欠!
#20251204-601
2025年12月4日(木)
数年前から「人生100年時代」という言葉をよく耳に、目にするようになった。
そうか、100年か。
100歳まで生きることを視野に入れて、物事を考えたほうがいいのか。
当時40歳後半だった私は「人生100年なら、50なんてまだ半分じゃないか」と思った。
まだまだやりたいことがたくさんある私としては、ようやく折り返し地点だと心が躍った。
年齢の節目は、区切りとしてとらえやすい。
20歳、30歳はすんなりと越えた。別に体力気力に大きな変わりはなく、昨日が今日になり明日になるそんな通過点のひとつでしかなかった。よくいわれる肌の調子や体型の変化なども変わることなく、むしろ快適だった。
さすがに40歳は違うだろうと身構えたが、これもまたなんなく過ぎた。
さて、次に来るは50歳だ。
もちろん50歳の誕生日を迎えた途端、なにかがピコンと変わるわけではない。
だが、53歳の今、じんわりと違いを感じている。
思い当たるのは2つの出来事だ。
父の死
閉経
父の死:身近になった「生」の期限
52歳の初冬に父を亡くした。
両親ともに健在で、長寿の家系だったこともあり、もうしばらくはこのまま元気で過ごせると思っていた。父は余命1ヶ月と医師にいわれたが、2ヶ月頑張り、この世を去った。
母は心身ともにしっかりしているが、もともと事務関連は苦手なため、父の死後の手続きは私がすることになった。
私とて、身近な人の死ははじめてだ。右も左もわからない。
それでも関連書籍に目を通し、インターネットで調べたりしながら、なんとか済ませた。
片道1時間半、往復3時間の道のりは近いようで遠い。小学生の娘の登下校のあいまをぬっての実家通いは正直しんどかった。
だが、父の死とその後の手続きを通して、さまざまなことを感じ、考え、学んだ。
父は余命を知ってすぐ身辺の整理をしたが、それでも死後あれこれ出てきた。インターネットなどに疎く、デジタル関係のものがなかった父でもこうなのだ。
今、もし私になにかあったら、仕事と娘を抱えた夫が滞りなく手続きができるとは思えなかった。
残された家族のためにも、手続き上に必要なことをまとめたエンディングノートは必要だと痛感した。特に定期購入の類いは使用する本人がこの世にいないのに、代金だけが銀行口座から引き落とされていくのだからたまったものではない。
そして、高齢者に目を向けるようになった。
たとえ人生が100歳までといっても、100歳まで心身ともに元気とは限らない。
行きたい場所へ行きたいときに自力で行けるとは限らない。
したいことをしたいときにできるとは限らない。
見渡してみると、大きな病気や怪我がなければ、どうやら75歳までは国内外をひとりでも動けそうだ。80歳を過ぎると国外は厳しくなる。
78歳になる母はひとりで電車に乗って出歩いているが、歩くペースはかなり遅くなった。私が普通に歩く速度についてこられない。そうすると移動するにも時間がかかる。
50歳が折り返しだと思ったが、したいことをできる期間は50年ではなく、あと25年程度だと思ったほうがいいかもしれない。それも何事もなければの話だ。
悲観的な意味ではなく、残された時間が実感をともなって見えてきた。
閉経:その影響かもしれない手根管症候群
53歳になって医師から閉経を告げられた。
初潮を迎えて以降、長いあいだ重い生理痛をはじめ諸症状に悩まされてきた。ピル等で生理を止める選択肢もあったが、子どもを授かりたかったため踏み切れなかった。
ようやく生理を止める薬の服用を開始したのは、50歳になってからだった。そこから閉経までの3年ばかりは非常に快適だった。
閉経となり、その薬の服用が終わった。
閉経になったからなのか、その関連はわからないが、今は指の痺れに困っている。
かなり前から起床時に指がしびれることがあった。私は両手首の骨折経験があるため、おそらく神経が圧迫されているのだろうと思った。
それが先月あたりからひどくなった。婦人科の薬の服用をやめたからか、閉経したからか、それとも寒くなってきたからか、それらがなくとも訪れたのか、それはわからない。
整形外科を受診したところ、「手根管症候群」と診断された。
ビタミン剤を処方され、日常生活が不便になるほど悪化すれば手術することになるといわれた。極力手を使わないようにといわれたが、正直使わずに生活できない。
容れものが長もちしますように:より一層求められる体のメンテナンス
心のありかた、考えかた——まだまだ視野は狭いが、私の人生のなかでは「今」が一番広い——精神的なものは好調なのに、容れものである体のほうがよろしくない。
容れものといっても、SFのように切り離せるわけではない。
心(頭)と身体はつながっている。
互いに影響しあっている。
50歳を過ぎ、今後はもっと容れものを大切に、きめこまかく手入れをしたいと思うこの頃である。
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