あぁ、惜しいことを! オオスカシバの布教活動をすればよかった!
#20260116-612
2026年1月16日(金)
私の「おくすり手帳」は、昆虫関係のイベントで購入したものだ。
芋虫、蛾好きの私としては、それらの柄がよかったのだが、「おくすり手帳」は私個人だけが使うものではない。病院や薬局で医師、看護師、薬剤師が手に取り、目にする。
世の中に虫嫌いな人は多い。
実物でなければ大丈夫だろうと思っていたが、過去にスマートフォンに虫の写真画像が表示された途端、反射的にスマホを放り投げた友だちがいた。苦手、嫌いな人はとことん嫌なのだと知った。
だから、ちょっぴり配慮して、芋虫や蛾ではなく、ミツバチ柄にした。
虫のなかでも、ミツバチなら日本でも小物などにあしらわれているので安全ではないか、と淡い希望を抱いた。花とミツバチと六角形の巣房がシックな色合いで描かれている。ただタッチはかなりリアルである。そこは譲れなかった。
閉経し、婦人科の薬(生理を止める)から卒業したのだが、今度は手の痺れがひどくなり、整形外科の薬(神経の機能を回復)を服用している。アレルギー性鼻炎もあるため、常時耳鼻科と整形外科の薬を飲んでいる。
その両方の薬が今週で切れてしまう。
重い腰をあげ、病院2つ、はしごした。
長時間かかると覚悟して、本やらデジタルメモpomeraやらを背負っていったのに、思いのほか早く済んだ。
処方箋の画像を家の近くの薬局に送信する。
薬の受け取りは、スーパーで食料品を買ってから向かうため1時間後とした。
薬局での会計の際、カウンターにショルダーバッグを置いた。
受け取ったおつりをしまおうとしたら、今日はじめて見た薬剤師さんがいった。
「ハチドリ、かわいいですね」
一瞬、なにをいわれたのかわからなかった。
昼どき間近。空腹な私ははやく帰って昼食を食べることばかり考えていた。
ハチドリ? ハチドリ、ハチドリ——あ、ハチドリ!
やっとつながり、私は笑う。
ショルダーバッグには、私の大好きな蛾「オオスカシバ」のキーホルダーがぶらさがっている。
オオスカシバはスズメガ科の蛾だが、その大きさ、ホバリングしながら花の蜜を吸う姿からハチドリと間違える人がいるという。
ハチドリとして受け流すか、訂正するか迷ったが、相手の顔を見つつ正しい情報を伝えることにした。
「これ、蛾なんですよ」
蛾好きとしては悲しいのだが、蛾には「暗い」「毒」「怖い」という印象を持つ人が多い。
私は口早に説明を補足する。
「蛾といっても、昼間飛んでいて、花の蜜を吸うので、ハチドリと間違える人もいるんです!」
大丈夫、あなたの勘違いは珍しくありません!
でも、とてもかわいい蛾なんです! 嫌わないでください!
そう思えば思うほど、早口になる。
薬剤師さんの目が丸くなる。
「え? そのへんで飛んでいますよね?」
「そう、それです!」
コクコクと私は頷く。日本に野生のハチドリはいない。
「蛾だったんですか……」
薬剤師さんが両手を胸で合わせた。
「もう一度、お名前を教えていただけますか?」
私はゆっくりと蛾の名前を繰り返した。
「オオスカシバです」
「オオスカシバ」
薬剤師さんが噛みしめるように繰り返した。
「覚えました。教えてくださり、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げられ、急に照れくさくなる。
これ以上、あれこれ話したら怪しい人になりかねない。私は笑顔で薬局を後にした。
「おくすり手帳」はミツバチ柄だし、キーホルダーを見て、花の蜜つながりでミツバチやハチドリが好きだと思われたのだろうか。
やりとりのあいだの表情を見る限り、あの薬剤師さんは虫が苦手な人ではなさそうだった。
——もっとオオスカシバの布教活動すれば、よかったかな。
なんて思ったのは、薬局を出て、自転車をこぎだしてからだった。
梅、水仙と咲きはじめ、暦の上の春はすぐそこだが、虫たちが活動する気温になるにはまだかかる。
オオスカシバたちと再会するのは、まだしばらく先だ。
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