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「愉快」を胸に。

#20250313-525

2025年3月13日(木)
 本日、病院の日。
 定期的に通院している婦人科へ行く。
 生理痛が重い私は、ここ数年、薬で生理を止めている。今日は数ヶ月ごとにある診察日だ。予約を入れているが、大抵長引く。

 むーくん(夫)が休日なので、スーパーへの買い出しと下校後のノコ(娘小5)のことはまかせてある。
 週末はまた気温が下がり雨の予報だが、今日は初夏手前の陽気だ。
 長袖のブラウスにスプリングコートをはおって出たところ、コートは不要だった。
 駅までむーくんと一緒に向かう。スーパーは家と駅のあいだにある。まだ開店時刻少し前なので、私を駅に送ってからスーパーに戻るとちょうどいいとむーくんがいう。
 むーくんは電動アシスト付き自転車。
 後部に取り付けた子ども用シートにノコはもう乗れないので、もっぱら箱買いのミネラルウォーターや豆乳などが陣取る。
 右手首の骨折から回復しつつあるが、まだ握り締める力が弱いし、手に体重をかけることができないので自転車は試していない。
 私を気遣って自転車はゆっくり走るが、それでも歩みをはやめないと追い付かない。

 は満開で、メジロがちょこまか花のあいだを飛びまわっている。やわらかな風に花びらが散る。
 寒緋桜の蕾もだいぶふくらんできた。
葉のない枝にたくさん下がるそのマゼンタ色の三角形の蕾は、祭り飾りのように華やかだ。それをほっそりとした体つきのヒヨドリがつついては落としている。
 人家の庭先では、咲きはじめたミモザの黄色がまばゆい。
 甘く濃い香りに辺りを見まわせば、沈丁花
 さらに地面に目を落とせば、小さなオオイヌノフグリ。ノコにこの花の名の由来を話したら、顔をしかめて「青い星」と呼ぼうとなり、「フグリ」は禁止となった。
 道沿いに咲く水仙も揺れている。
 ソメイヨシノの蕾こそまだかたいが、もう街は春の花であふれている

 「いいねえ!」

 足取りが軽い。

 「いいねえ!」

 一度じゃ足らない。

 骨折した右手首はまだ思うように動かず、痛いけれど。
 昨年亡くなった父の手続きもまだ終わらないけれど。
 習い事のストーリーテリングの発表会は無事終わったし、里親として年度末に提出する書類も投函した。
 まだまだやることはあるけれど、ひとつずつひとつずつ進んでいる。

 駅でむーくんと別れ、私は1人電車に乗る。
 本を開き、目を落とす。

健康の状態がいいときは、朝、目を覚ますと何となく愉快でしょう。自分の意思で愉快というより、ただ何となく愉快ですね。

「数学する人生」岡潔 森田真生編(新潮社)

 私は窓の外へ目を移す。
 電車は川を越えていくところで、川面が白く光っているのが見えた。
 ちらちらと揺れる光を見るだけで、確かになんとなく愉快だ。

何を見ても、何を聞いても懐かしいということです。

「数学する人生」岡潔 森田真生編(新潮社)

 懐かしさは、過去の経験が重なって呼び起こされる感情ではないのか。
 確かに見たことのない場を懐かしく感ずることがある。
 車内は空いていて、立っている人はいない。私は自分のなかの「愉快」に笑いたくなる。
 桜まつりのポスター、沿線の病院や法律事務所の広告、非常ボタンの説明書き。
 手を伸ばすように感覚を広げていく。
 広がるにつれ、私は希薄になっていき、辺りにとけてしまいそうだ。
 「婦人科に行く」という目的が消えそうな私を強引に「ここ」へ引っ張り戻し、私を形作る。

 診察が終わったら、いつものパン屋でランチボックスをテイクアウトしよう。
 もし間に合うようなら、帰りに整形外科にも寄ろう。
 病院2つを巡るのはハードだが、今日一日で終わればだいぶ助かる。
 「愉快」を胸に今日のスケジュールをなぞってから、私はまた文字に目をやった。

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