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50歳過ぎても、「お行儀が悪い」という母の声が聞こえちゃう。

#20250609-539

2025年6月9日(月)
 母は行儀に厳しく、立って食べることを許さなかった。
 こぼすような幼い子でなく、中高生のちょっとしたつまみ食いでも、すぐ「座って食べなさい」という声が飛んできた。
 立って食べることができるのなんて、お祭りくらいか。
 歩き食べなんて、夢のまた夢。
 観光地のクレープやソフトクリームでさえ、ベンチを探し、座って食べた。

 社会人になってしばらくしてから、私はまた学校に入った。仕事と学業を両立していた数年間がある。
 結婚前で実家暮らしだったため、今振り返れば、食事は上げ膳据え膳、家事の大半は母がしてくれていた。今よりは時間があったはずだが、当時の私としては忙しかった。
 朝晩はともかく、昼食は移動しながら食べることもあった。
 テーブルと椅子についてきちんと食事する時間がなく、パンやおにぎりを電車やバスのなかで立ったままこっそりひっそり頬張った。
 食事時にお腹に入れないと、もたないし、具合が悪くなる。
 あまりにも空腹になってから食べると、お腹が驚くのか、痛むのだ。手軽な栄養ゼリーはカロリーとしては満たされるのかもしれないが、どうも腹もちがよくなくて苦手だった。とにかく食事然とした固形物が食べたい

 すでに30代だったが、学校に在籍していたこともあり、気分はすっかり学生だった。制服姿でもないのに、成長期の中高生のノリで「お腹空いて仕方がないんです」という顔をしてパンをむさぼった。
 ボックス席があるような電車ではなく、窓に沿ったロングシートの通勤電車なので恥ずかしさがないわけではない。
 脳内で母の声が聞こえる。
 ――まったく、お行儀が悪いったら!
 ごめんなさいと心のなかで謝り、車内で1人小さくなる。

 こんなことをするのは、当時だけだと思っていたら!
 最近、また私は移動中にパンやおにぎりをかじっている。

 ノコ(娘小6)の下校まで帰宅しなければならない美容院の日に。
 読み聞かせの勉強会の後、ようやく予約が取れた携帯電話ショップへ向かう日に。

 美容院の日は、地下鉄の車内でこっそりコロッケパンを口にした。
 昼過ぎで車内は空いていたが、正面に座った男性がスマートフォンスマホを目の高さに固定しており、なんだか落ち着かなかった。老眼でもおかしくない年齢に見える男性だったので、画面をよく見るためにある程度の距離を保ちたいだけなのかもしれないが、スマホのカメラがちょうどこちらを向いていて、マナー違反だと責められているように感じた。
 美容院は昼前開店と遅いため、そこからカットやカラーをすると2時間はすぐに越えてしまう。
 駅のホームのベンチに座って食べる時間も惜しく、少しでも早く家に近付きたかった。ノコの下校時刻に間に合いたかった。

 携帯電話ショップへは、昨年亡くなった父のスマホを解約するためだった。
 母がやっと解約する気持ちになったのだ。
 父のスマホの解約には死亡届が必要な上、母のスマホのプランを見直したいし、固定電話の名義変更もしたい。インターネットで済ませられないため、携帯電話ショップで手続きをしたい。予約しようにも、なかなか母と私の都合がいい時間枠が空いていない。
 ようやく見付けた空き枠で、逃すわけにはいかなかった。
 午前中にある勉強会は欠席したくない。終えてから予約時間まで1時間弱。
 梅おにぎりは駅のベンチで口に運んだ。すぐに電車がホームに到着し、高菜おにぎりは車内でお腹に入れた。

 若ければバスや電車内で食べてもいいというわけではないが、50歳を過ぎた女性が行楽電車でもないのに、車内で食べものを口にしている姿は、なんだか大人としての礼儀を欠いているように思う。
 なんだかなぁ……
 この年齢になっても移動中に食べるなんて。
 余裕をもって、きちんと座って食事をする大人になりたい。
 ――いい年して、まったくお行儀がなってないわねえ。
 ここにはいないのに、「そんな子に育てた覚えはない」といいたげな母の目線を感じて、私は亀の子みたいに首をすくめた。
 ――いくつになっても子どもみたいな大人で、すみませんデス。
 私だって、予想外なんだもん。

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