カッコウの卵は誰のもの【読書感想文】
円形のレースモチーフは中心から編み始める。目の数を数えながら編み方を変えたり、違う色の糸を足したりしながら根気強く編み進むと、見事な氷の結晶のような模様を持つ大きなテーブルクロスが出来上がる。推理小説はこの逆だ。一見関係のないと思われる大勢の登場人物や様々な場面が、物語が進むにつれて繋がり、クライマックスという一点にまとめ上げられる。「そうだったのか!」と読者は結末に驚き、その後味を楽しむのだ。
カッコウ、と聞けばまず托卵を思い出す。自分の卵を他の鳥の巣に生み落とし育てさせる。美しい声とうらはらにちょっと無責任な鳥。タイトルがチラリと見せる物語の種明かし、なるほどそんなお話なのね、と頷きながら読み進めた。
主人公の緋田宏昌はかつてのオリンピックスキー選手、そろそろ引退の声が聞かれたころ、待望の女の子が誕生する。ところが妻は日に日に鬱が強まり自殺。緋田はその妻の鏡台の奥から「新潟の病院で新生児不明」という古い新聞記事を見つける。出産したと聞いていた病院に妻の出産記録が残されていないことや、誘拐された赤ん坊の父親の名前が上条伸行であることも調べがつく。緋田の遠征中に妻は流産し、他の赤んぼを連れてきてしまっていたのだった。十歳になった風美と名付けられた長女は、なるほど両親に似ていない。しかしスキーの才能にあふれていただけに緋田は絶望と困惑に陥る。
緋田の勤務先のスポーツ科学研究者の柚木は、風美の遺伝子に「Fパターン」と呼ぶ生まれながらに持っている体操の才能に影響する遺伝子パターンを見つけていた。それは父親である緋田昌弘から受け継いだもの、と誰もが思っていたのだが。
読者である私はカッコウの習性を知っているから主人公の困惑に同情しながらも、「やっぱりね」という想いにとらわれた。作者には失礼ながら「実の子じゃなかったのは予想通りだったよ」と。
ところがこれからが複雑に糸が絡んでくる。緋田昌弘のもとにその上条伸行が訪ねてくるのだ。知り合いのスポーツ選手の女性が風美の写真を見て他人とは思えないという。彼女は緋田の亡妻と同郷で知り合いだった。彼女の血判があるからDNA鑑定をしてくれないかと。上条が攫われた赤ん坊の父と思われ、その女性が風美の母親かもしれない、上条には妻がいるのにどうなっているんだ、と緋田の心は揺れる。上条は風美にもファンと名のって会いに来る。ところが風美の滞在するホテルからの帰り、バスで爆破事故にあい意識不明の重症を負いやがては死を迎えてしまう。
上条には一人息子がいて白血病で骨髄移植を待っている。骨髄移植適合の確率は親子より兄弟が高いから上条は異母でありながら妹にあたる風美を探していたのか・・・この後上条の長男文也は思いがけない告白をすることになるのだが。
風美は出生の秘密を知るのだろうか、そしてスキー選手として成長していくのだろうか。ここではそこまでは書くまい。
風美と並行して書かれている鳥越慎吾は、研究者柚木によってBパターン、つまり優れた持久力の遺伝子を持っていると判明する。ノルデックスキーをやらせれば一流になる、との期待で無職だった父親には職が与えられ、伸吾は特別訓練生となった。しかしめきめき才能を伸ばし始めたところで挫折してしまう。好きな音楽をやりたかった、と。その父親の言葉が印象的だ。
才能の遺伝ってのはさ、いわばカッコウの卵みたいなもんだと思う。本人の知らないうちに、こっそりと潜まされているわけだ。伸吾が人より体力があるのは、俺があいつの血にそういうカッコウの卵を置いたからなんだよ。それを本人がありがたがるかどうかはわからない。(中略)
伸吾の好きなようにやらせてくれ。
ここで、私は重要な間違いをしていたことに気づく。カッコウの卵、とは子ども自身ではなく、その子が持っている遺伝子のことなのだ。その遺伝子は根本は親から与えられたものかもしれないが、結局は本人のもの。気づかずに埋もれてしまうこともあり、気づいても希望とは違う、と他の道を選ぶこともある。
人は誰でもやりたいことを見つけそれに向かって進むのが一番の幸せかもしれない。自由に空を飛び澄んだ声で鳴くカッコウのように。
「カッコウ!」と思わず声に出してみた。
おわり
東野圭吾さんのご冥福をお祈りいたします。
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