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花びらを【シロクマ文芸部】

 花びらを身に受けた日は忘れられない思い出の日だ。
十八歳の春、私は憧れの女子大に合格し入学式を迎えた。式が終わると、
静岡から上京してきた母と大学院生で東京に住んでいた兄と三人で、体育館横の桜並木を歩いた。桜はまさに満開で初めて買ってもらったスーツを着たわたしの肩に、花びらがはらりはらり舞い落ちていた。これからの一人暮らしへの不安はあったが、それよりも私の胸は喜びと誇りでいっぱいだった。得意の絶頂とはあの日のことを言うのだろう。その後に続く苦難の日々など
考えもせずに・・・

 それから満開の桜を何度眺めたことか。年を重ねるにつれて、満開の花が美しいほど、あっけなく散る日が近いことを思い、切なさが増すようになった。

 数年前、父に付き添って病院に行った日も桜が満開だった。若いころの父は速足で周りを見ることもなくスイスイ歩き、私はいつも小走りでついて行ったものだった。すっかり老いてすり足で歩く父の肩にも花びらが舞い落ちていた。認知症の診断も受けていた父の脳に、少しでも刺戟を与えたいと思い声をかけた。
 「お父さん、桜が満開よ、ほら花びらが・・・」
 無視されるだろうと思っていたのに、父はつと立ち止まりゆっくりと桜を見上げて言った。
 「ほう、きれいだね」
 その時、突然不安に襲われた。これが父の見る最後の桜かもしれない、と。その予想は的中し、その年の暮れ、父はあっけなく旅立ってしまった。煌々と満月が輝く寒い夜だった。

 今年も桜が咲き始めた。ほどなく満開になりやがて散って行く。それだけのこと・・・しかし、花を見上げる人の心の喜びや哀しみに、もしかして桜は気づいているかもしれない・・・そんなことを思うのだ。

               おわり

 

小牧さんの企画に参加させてください。
今回も心に残るお題をありがとうございます。


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