Insight 01|プラダを着た悪魔 ― 見えない仕事は、誰が見ているのか
映画を通して、自分は何を大切にしたいのかを考える時間
デスクに投げ落とされるコート。
ヒールが床を打つ乾いた音。
鳴り止まない電話。
息をつく間もなく飛び交う指示。
『プラダを着た悪魔』を初めて観たとき、
私はミランダの厳しさばかりに目を向けていました。
けれど、何度か見返すうちに、
心に残る場面が少しずつ変わっていきました。
働く時間を重ねるほど、
見えてくるものは変わるのかもしれません。
1|私が立ち止まった瞬間
物語の終盤。
アンディが新しい職場の面接を受けたとき、
前職への問い合わせが行われていたことを知ります。
返ってきた言葉は、少し意外なものでした。
「アンディには、今まで雇ったどのアシスタントより失望させられた。
でも雇わなかったら大バカ者だ。」
それは、ミランダからの推薦でした。
あれほど厳しかった上司が、
最後にはアンディの未来を後押ししていた。
私は、この場面で立ち止まりました。
ミランダは、厳しいだけの上司ではなかった。
言葉にすることは少なくても、
アンディの仕事ぶりを、人としての姿勢を、
ずっと見ていたのではないか。
そんなふうに感じたのです。
2|この作品が映した、私自身の経験
この場面を見て思い出したのは、
30年間働く中で、私が大切にしてきた一つの考え方でした。
人は、見ていないようで見ている。
誰も見ていないから手を抜く。
誰にも評価されないから適当にやる。
私は、それができませんでした。
評価されるためではありません。
自分自身が、その仕事を見ているからです。
もちろん、努力がすぐ報われるとは限りません。
誰にも気づかれずに終わる仕事もあります。
それでも私は、
見えないところで積み重ねる仕事を大切にしています。
この映画は、そんな自分の働き方を思い出させてくれました。
3|この作品を照らしてくれた理論
この作品を見返したとき、
思い出したのが、キャリア心理学者 ドナルド・スーパー の考え方でした。
スーパーは、
キャリアとは肩書きや昇進だけではなく、
さまざまな経験を積み重ねながら、
自分らしい生き方や働き方を育てていく過程
だと考えました。
この視点からアンディを見てみると、
彼女が積み重ねていたのは、仕事の成果だけではありません。
理不尽な環境の中でも、
どんな姿勢で働くのか。
何を大切にするのか。
自分は何のためにここにいるのか。
その問いに向き合い続けた時間そのものが、
彼女のキャリアを育てていたように思えます。
だからこそ、最後の推薦は偶然ではなかったのでしょう。
誰かに評価されるためではなく、
目の前の仕事に誠実であり続けたこと。
その積み重ねが、
結果として誰かの信頼につながっていた。
私は、この理論により、
あの場面の見え方が少し変わりました。
4|私が、この作品から受け取ったもの
映画を観終えたあと、
一つの言葉が心に浮かびました。
お金を遺すのは、下。
仕事を遺すのは、中。
人を遺すのは、上。
この言葉の真偽よりも、
私は、その意味を考え続けたいと思っています。
ミランダが最後にアンディへ遺したものは、
ブランドでも、地位でもありませんでした。
一人の人の未来です。
仕事は、成果だけでは終わりません。
どんな姿勢で働いたか。
どんな信頼を積み重ねたか。
そして、誰の背中に何を残したか。
その積み重ねが、
仕事の価値を少しずつ形づくっていくのだと思います。
私は、この作品から、
そんなことを受け取りました。
今日、持ち帰る問い
劇場を後にするとき。
本をそっと閉じるとき。
物語は終わっても、
問いは、自分の人生へ引き継がれていきます。
あなたが誰にも見られていない場所で積み重ねてきたことは、何ですか。
