『私が毎日アサヒに胃腸を握られているのは、決して悔しいからではない。』
私は、企業の安易なマーケティングにホイホイと踊らされるような、軟弱な消費者ではない。
世間が「丁寧な暮らし」だの「SNSで映えるオーガニックハーブティー」だのに現金を溶かしているのを、私はいつも冷徹な視線で見つめている。
飲み物に求めるべきは、一時的な情緒などではない。
水分補給という「機能」であり、コストパフォーマンスという「論理(ロジック)」だ。
アサヒ飲料とnoteがコラボして「#飲み物のある時間」というお題企画をやっているらしい。
公式ページには「100年のワクワクと笑顔を。」という綺麗なキャッチコピーが躍っている。
フッ。笑わせないでほしい。
大の大人が、たかが液体を口に含んだくらいで、ワクワクしたり笑顔になったりするわけが――。
そう思いながら、ふと、自分の部屋を見渡した。
Stream(思考)のあちこちで、冷や汗が流れるのを感じながら。
部屋の片隅には、完璧な陣形で並べられたサプリメントのボトルたち。
胃腸の弱さを完璧にコントロールするための私の「肉体ハックスタック」だ。
その中で、圧倒的な存在感を放つ、絶大な信頼を置いているボトルたちを順に凝視していく。
マルチビタミン。亜鉛。そしてダメ押しのビタミンC(単体)。
銘柄はすべて、『ディアナチュラ(Dear-Natura)』。
恐る恐るボトルを裏返し、製造元を確認する。【アサヒグループ食品株式会社】。
「……っ!?」
動揺を隠せないまま、さらに胃腸の絶対的守護神である『エビオス錠』の巨大なボトルを見る。
こちらも当然のようにアサヒグループだ。
震える手で冷蔵庫を開ける。
そこには、私の喉と脳内デトックスを司る絶対的エース、『三ツ矢サイダー』が、美しい陣形で隙なくストックされている。
私は何を隠そう、三ツ矢サイダーのヘビーユーザーであり、新商品が出れば「お、今回はそう来たか」と、まるで古参の批評家のような顔をして必ず試しに買う男だ。
ストックを切らしたことは一度もない。
さらに、私が「白湯は甘え、常温が至高」と熱弁して毎日ガブ飲みしている水。
ラベルを見る。『アサヒ おいしい水 天然水』。
……終わった。
私は、完全に包囲されていた。
「企業の犬にはならない」とあれほど豪語していた知的エッセイ作家のプライドはどこへ行ったのか。私のマルチビタミンも、亜鉛も、追いビタミンCも、喉の潤いも、新商品へのワクワクも、胃腸の生殺与奪の権すらも、すべては「アサヒ」という巨大な盤上で完璧にコントロールされていたのだ。
内臓からトータルコーディネートされていると言っても過言ではない。
「クソッ、このままではアサヒの掌の上で転がされているだけではないか」
無駄なプライドが最後の抵抗を試みる。
しかし、脳が、胃腸が、そして喉が、あまりにもアサヒの製品に「安心感」を覚えてしまっている。
他社ではダメなのだ。
アサヒのあのロゴを見るだけで、私の細胞が「実家のような安心感」を検知してホッとしてしまう。アサヒ、何か好き。
完敗だ。
アサヒの掲げる「ワクワクと笑顔」に、私の頑固なロジックは跡形もなく溶かされていた。
私は新商品が出るたびに、しっかりワクワクして、しっかり笑顔でレジに向かっていた。
だが、私は決して悔しくなどない。
なぜなら、内臓ごとアサヒに握られているこの時間こそが、私の毎日をバキバキに支える「至高の豊かさ」だからだ。
今夜も私は、ディアナチュラの完璧な布陣を三ツ矢サイダーで流し込むという、アサヒの過剰摂取(オーバードーズ)陣形を組みながら至高の「飲み物のある時間」にどっぷりと浸かることにする。
……さて、ここまで読んだあなた。
私の完璧なアサヒ敗北ロジックに納得がいったら、コメント欄にそっと「確かに」とだけ残して去るがいい。
ちなみに「確かに」が集まると、私の胃腸でエビオス(エビカニ)が大変喜びます。
現場からは以上です🦐🦀
