ありがとう。お母さん、脳性麻痺で生まれた私。
『ありがとうお母さん 脳性麻痺で生まれた私』
著者:森崎鈴音
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【まえがき】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夢ではなく、具現化していくための法途として、noteの活用を始めた。スマホの入力も、やっとの不自由な手で、自分の想いを綴ることにした。友達も少ない。収益化まではまだまだだが、書き続けると決めている。プロでもないし、頭も良いわけではないが、感受性、努力、アイデアだけは負けない自信がある。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第一章:命のはじまり】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
昭和70年代初頭、脳性麻痺として生まれた経緯。早期破水、早産低体重児、首に臍の緒が巻き付いていて、脳に酸素が行かず、仮死状態。
生後8か月の時に麻疹に感染、40度の高熱が長く続いて、脳炎を起こしたのか?当時の医学では、原因特定はできない。
首が座らない、目線が合わない、身体が、抱き上げたら、そり返る、ハイハイできない、歩行器に入れても、脚がグニャっとなって、歩けない、脚を触ると、火がついたように、泣く。亡き母から聞いていたこと。
それでも、他の子も小さく生まれたし、発達が遅いだけかな?そのうち歩くだろうと、思っていたらしい、いつまでたっても、歩かない。
症状を友人に相談、うちの子の時と似ているから、病院で見てもらった方が良いと言われ、子供病院を受診、一歳の時、脳性麻痺です。療育訓練時代ですが、寝たきりか、良くて車椅子の生活です。と医師に言われて、奈落の底に突き落とされた、感覚。受け止めきれず。良い治療がないかと、療育訓練施設、いわゆるやいと、お灸、いろいろ試した。病院も。
▼漫画シーン案
①暗い夜に産院で生まれた小さな赤ちゃんのコマ。
②医師が両親に告知するシーン(モノクロ、重い空気)。
③お灸や療育に連れて行く母の後ろ姿。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第二章:お母さんの背中】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
隣りの区の、療育訓練センターに通所で行くことに、妹を妊娠、生まれてからは、私をおんぶ紐で背負い、妹を抱き、リハビリに通ったと聞いている。
元々身体が強い方ではなかったから、相当しんどかったらしく、育児ノイローゼのようになって、何度も踏切の前に立ち飛び込もうとしたことは、両手指、足指を足しても、数えきれないと、言っていた。何百回もあると。
その度に、私が母の服を引っ張り、お母さんやめてと、母を見つめて、訴えているように感じ、ふと我に返りとぼとぼと、家路についたと、どうやって帰ったか憶えていないと。
母方の祖母、つまり、私のおばあちゃんに、言うと、「あんたが親なのに、そんなのでどうするの!もっとしっかりしなさいと、きつく言われたと、言っていた。
祖母は明治生まれ、母は沖縄戦の中生まれ、アメリカ軍が、上陸する前に、本土へ向かう、船に、子供達を6人連れて、逃げたらしい。母は末っ子で、祖母が46歳の時に、戦渦の中の食べ物もない中だったので、心あるご婦人が自分の乳を吸わせてくれて、母の命がつながって、多くの方に見守ってもらって、現在の私がある。
▼漫画シーン案
①おんぶ紐で私を背負い赤ちゃんを抱えた母が坂道を歩くシーン(風が吹いている)。
②踏切の前に立つ母と、服を引っ張る小さな私(セリフなし、表情だけ)。
③沖縄戦の船の上で赤ちゃんを守る祖母と、乳を飲ませてくれる見知らぬ婦人(回想コマ)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第三章:施設での日々】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
脳性麻痺という障害で、リハビリ頑張った、手術も、親と離れて、3歳4か月の時、医療型福祉施設に入所、18歳までの間、頑張ったが、思うように効果が出ず、今も歩けず。
小学一年生の頃までは、歩けるようになりたいと思っていたけど、身体が、弱くて、手術が遅かった。
周囲の期待に応えられず苦しんだ。
小学4年生の時、担当理学療法士の説得で母がリハビリ現場を見学し、初めて娘の努力を認めてくれた。
支援学校高等部では週末も施設に残り、課題を片付けた。家族に学力の遅れを知られないようにするために。
▼漫画シーン案
①施設の廊下で一人ベッドに座る幼い私(窓から夕日)。
②リハビリ室で一生懸命訓練する子供の私と、初めて涙ぐむ母のコマ。
③夜の施設で一人黙々と課題をこなすシーン(電気スタンドの明かりのみ)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第四章:知らなかった自分】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
小学生の時知能検査でIQ75、いわゆるボーダー児との判定、大人になって、成人知能検査を受けて、B2判定を受けている。
正直普通高校に行けず、支援学校高等部に、勉強頑張れば、賢くなって、社会福祉士も夢ではないと、思っていたが、高等部一年の時、職業適正検査で、就労は難しいと言われ、改めて、学力向上も、できず、判定結果に打ちのめされて、就労移行支援の体験にも、参加したけれど、就労Bで我慢しときよ!って言う感じで、自分の能力の低さに、嫌気がさした。
妹が小学2年生になると、もう抜かれた。宿題教えてと言われても、わからないから、長女に聞きと言って、なんとか、やり過ごしていた。
身体も中途半端な感じだし、出来るのに、出来ないフリしてるとか、サボっていると、思われたり、やる気のない奴として扱われることが、多々あり、いつも死にたいと思っていた。
今はやっと乗り越え、周囲の助けもあって、心が和らいできた。
▼漫画シーン案
①成績表を隠す高校生の私のコマ。
②「就労Bで我慢しときよ」と言う大人と、表情を消した私(内心の声バブル:「私はそんなもんじゃない」)。
③夜空を見上げて涙をこらえるシーン。→ページをめくると「今はやっと、乗り越えた」の1コマ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第五章:お母さん、ありがとう】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
加齢に伴って、身体の痛みや、動き辛さや、乳がんを患い治療中、介護度も上がって、できないことも、増えて来た。
電動車椅子ユーザーである。多くの方に支えられて、自分が、存在すると、わかっていながら、もういいよ!死なせて…と言う気持ちが、顔をだす。
不幸ではないけれど、心の底から生まれてきて良かったと、まだまだ思えていない自分、親に申し訳けない。
それでも、この身体で生まれていなかったら、出会えていない、障害を抱えながら、毎日懸命に生きる、友人、知人そして、子供の頃にお世話になったリハビリの先生、看護師、父のように慕っていた医師、大人になって、入院した病院で、担当してくれた。リハビリの先生、医師、看護師、また、現在の生活を支えてくださっている、ヘルパーさん、この身体で、生まれたからこそ、出会えた方たちに、感謝します。ありがとう。
生まれてきた意味とか、苦悩とかまだまだ、人生修行の旅は続く、死ぬまで、答えは見つからないかも。それでも、生き続ける、私らしく輝いていたい。
▼漫画シーン案
①病室でベッドの母の手を握る電動車椅子の私(ネイビーとピンクのトーン)。
②母が目を閉じる最期のコマ(静寂、花びらが舞うイメージ)。
③「私らしく輝いていたい」のセリフと、夜空を見上げる私のラストシーン。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第六章:車椅子が、私の足】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
私の愛車は、oxエンジニアリングのWZ E車椅子。
身長が、低く、その割には、身幅と、ウエイトがあるため、身長的には、ジュニア用電動車椅子が、ちょうどいいのだが、ウエイトあるので、ティーンズのモデルの車椅子に試乗したが、座面が高すぎて、一人で移乗ができない。
身体に合う物がない。カスタマイズできる、業者が少ない、価格帯が高いので、仕事のない私には、手が届くわけもなく。
何の根拠もないし、メドもないけれど、ないなら作ってしまえ!!起業することを、決めている。同じように、困っている人が、必ずいるはず。
バリアフリー展に行き、ある車椅子販売業者に、意見交換会、開発を持ち掛けた。ユーザーのことより、自分たちの利益、メンツしか、考えていない。なんじゃそら?上目線もいいところ。
▼漫画シーン案
①バリアフリー展の会場で、担当者と真剣に話す私のシーン(熱い表情)。
②故障した車椅子を前に途方に暮れる私と「事前申請が必要です」の書類のコマ。
③「ないなら作ってしまえ!」と瞳を輝かせる私のアップ(ポスタービジュアル的な1コマ)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第七章:ヘルパーさんと私】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヘルパー不足で昼間来る人がいない。
40半ば越えたヘルパーで、洗濯機の電源、IHの電源、レンジの使い方わからず、つきっきりだった。米も計れない。説明書読めや‼️😡
説明書を読んでくださいと優しく伝えても、読まない人もいます。だから私は、つい「説明書読めや」と言ってしまうことがあります。それくらい言わないと動いてもらえない、そんな場面もありました。
今はAIもあり、スマホもあります。調べようと思えば、すぐに調べられる時代です。それでも調べない人がいる、それが現実です。
「スマホあるやろ」「調べたら出てくるやろ」そう思うこともあります。でも、それをしない人もいる。
だから私は、ちゃんと伝わるように、強く言うこともあります。
注意したら泣かれた。この人とずっと過ごさないといけないのかと、ゾッとした。
平日やり取りした時に、うちのヘルパーはあんたみたいに賢くないねん。なんじゃそら?
そんなこと、言ったら、誰も来てくれなくなるよ‼️だってよ。お金もらう方が努力すべしと言うのが、私の考えで、あなたとは感覚が違うのでと、代表に言った。
月曜日の人は仲良し、とても優しく気が楽で、楽しく過ごせる。お互いを思いやり、高め合える人たちと過ごしたい。当たり前に。
合わない人と出会うのは、自分の魂の成長でもあり、好きなヘルパーさんが、病気などで離れて行く事にも何か意味のあることと、捉えているが、元気になって、また会えると信じている。
▼漫画シーン案
①「米も計れない…」と静かに見守る私のコマ(心の声バブル:「スマホで調べたら、すぐわかるのに…」)。
②「誰も来てくれなくなるよ!」と言う事業所代表と、眉一つ動かさない私の対比コマ。
③「お互いを思いやり、高め合える人たちと過ごしたい」の言葉と、笑顔のヘルパーさんとの和やかなシーン。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第八章:AIと私の新しい世界】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ChatGPT・Suno・スパーク(Genspark)などのAIツールを活用した創作活動。
不自由な手でも、AIを使えば表現の世界が広がった。感受性、努力、アイデアだけは負けない自信がある。
障害があっても、無くても、苦しみも、喜びも、一人一人の中に誰でもあること。
もっともっと、特に、今の脳性麻痺の子供たちが、自分の医療が受けれて、障害の程度によって違うと思うが、安心して生活を送れる場所ができたり、親亡き後楽しく生活を送れるような仕組みを、また働くことができる人は働いて、どんどん活躍していけるような、職業を得たり、結婚したり、子供を持ったり、することが当たり前な世の中になっていってほしいと思う。
▼漫画シーン案
①スマートフォンの画面に映るChatGPTのインターフェースと、不自由な手でタイプする私の指のアップ。
②AIが生成した音楽・画像が画面に広がり、私の周りに光の粒が広がるファンタジックなシーン。
③「感受性・努力・アイデアだけは負けない」のセリフと、星空を背景に輝く私のシルエット(ポスタービジュアル)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【あとがき】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
生まれてきた意味とか、苦悩とかまだまだ、人生修行の旅は続く、死ぬまで、答えは見つからないかも。
それでも、生き続ける、私らしく輝いていたい。
多くの方に支えられて、自分が、存在すると、わかっていながら。
多くの方々の存在があって、今の私がある。ありがとうございます。大好き。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
著者:森崎鈴音
(脳性麻痺当事者・電動車椅子ユーザー・AI創作者・AI作曲家・note作家・YouTube投稿者)
※無断転載禁止
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ここから先は
¥ 1,580
とても嬉しいです、日頃の声にならない、気付かれにくいこと、感じたことを書いていきます。 夢は、同じような立場の方の、シェアハウスや、ヘルパー事業所、入浴支援や、リハビリディなどを作ることです。
