見出し画像

『イリュージョンという名のjazz喫茶』


学生の頃、よくJazz喫茶で時間を過ごした。
京都には数えきれないほどのJazz喫茶があり、滋賀にも今よりはずっと多く存在していた。

その中でも、忘れられない店がある。
比叡平にあった「イリュージョン」だ。

滋賀から京都へ向かう山道の途中、木々に囲まれたその店は、
まるで金持ちの別荘を改装したかのような佇まいだった。
文化人や芸能関係者も住む、少しスノッブな空気の漂う街。
そこに、イリュージョンはあった。

マスターも明るくて社交的な人だった。
私はいつしか常連になっていた。

この店のカレーは絶品だった。
大阪の名店ピッコロを思わせる、深みのある味。
ジャズが流れる中で、そのカレーを食べ、本を読む。
大学の図書館よりも、この店で読んだ本の方が多かったかもしれない。

女の子と知り合うと、とにかくこの店へ連れていった。
19歳の彼女たちが、本当に気に入ってくれていたのかどうかは、今となっては疑問だ。

グリコのおまけに「男の子向き」と「女の子向き」があるように。
少年ジャンプとマーガレットがまったく違う世界を描くように。

あの頃の私は、自分の“好き”を押し付けていただけだったのかもしれない。

ある深夜、一人で門を開けたことがある。
店内には、都会的な超ボディコンの女性が三人。
カウンターでマスターと談笑していた。

その時代ちょっと知られた音楽グループのメンバーで、その一人は元アイドル歌手。
近所に当時有名な作曲家が住んでいて、訪ねてきたらしい。

なぜ、あのときカウンターに座らなかったのか。
今も少し後悔している。

イリュージョンには音楽スタジオもあった。
就職してからも、バンド練習で通った。

だが山中越は、ローリング族のメッカ。
爆走車とすれ違いながら向かう道は、ある意味命懸けだった。

最盛期には、50人規模の合同コンパも企画した。
男女の出会いと別れ、噂と誤解、笑いと涙。
いくつもの物語があの空間で生まれた。

私の20代の中心には、確かにイリュージョンがあった。

そして今。
草木に覆われ、廃墟となったと聞く。

もしかすると、
本当の意味で“イリュージョン”になったのかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!