TRPGセッションと創作の関係性について
私は『ロードス島戦記』と『ドラゴンランス戦記』が大好きです。初読の頃は、まさか40年近く読み継ぐことになるとは想像もしていませんでした。
この“私にとっての二大ファンタジー小説”には、ジャンル以外にも大きな共通点があります。どちらも 実際のTRPGセッションから生まれた物語 だという点です。
特に『ドラゴンランス戦記』では、最も重要なキャラクターであるレイストリンの誕生が象徴的です。マーガレット・ワイスは『ドラゴンランス レイストリン戦記1 魂の剣〈上〉』(安田均・石口聖子訳)の中で、こう記しています。
テリーが口を開いた……それを境に、クリンという世界は一変したのだ。そのかすれ声、皮肉で辛らつな口調の裏にひそむ傲慢さと力は、言葉にする必要さえなかった。それは突然、現実となって立ち現れた。
レイストリンを演じたプレイヤー、テリー・フィリップスの存在が、物語を通じて最高のキャラクターを生み出したのです。TRPGにおけるプレイヤーキャラクター(PC)とプレイヤー(PL)の、奇跡的な邂逅と言えるエピソードだと思います。ドラゴンランス全体には、こうしたセッションの息づかいが深く刻まれているように思うのです。
一方、『ロードス島戦記』も同様です。『コンプティーク』誌に連載されたリプレイ記事を基に、水野良先生がGMとして培った世界観やキャラクターを、独自のストーリーテリングと深い人物描写で再構築し、ノベライズした作品なのだと思っています。
TRPGセッションから生まれた小説の最大の魅力は、「生きているようなキャラクター」と「予測不能なドラマが生まれること」にあるように感じています。通常の単独創作では味わいにくい、独特の「本物らしさ」と「偶然の力」が作品に宿っているように思うのです。
それは、プレイヤーの「意思」がキャラクターに宿ることにあるようにも思います。プレイヤーが自分の解釈や感情を注ぎ込んで演じるため、単なる作者の分身や設計された役割を超えた「人格」が生まれやすいのではないかと思います。
作者が「こう書こう」と計画しただけでは出にくい、予想外の深みや魅力が自然に発生します。
結果として、読者は、キャラクターの矛盾や成長の軌跡が、作為的ではなく「その人らしい」もの感じてしまうのだと思います。
TRPGでは、GMの準備、プレイヤーの選択、そしてダイスの偶然が絡み合い、誰にも完全には予測できない物語が生まれます。
通常の小説では、伏線や展開にどうしても“作者の意図”が透けて見えることがありますが、TRPG由来の作品では、悲劇も喜劇も 「こうなるはずじゃなかった」 という展開が魅力的に昇華されやすいと感じます。
セッションで実際に「笑った」「緊張した」「悲しんだ」感情が物語に染み込んでいる。リプレイをノベライズする過程で、その熱量が残りやすいのかもしれません。
また、戦闘の緊張感、会話の自然さ、失敗やピンチのドラマチックさが、机上の空論ではなく「実際にプレイした結果」として説得力を持つ。時代小説に対する歴史小説のような存在がセッションからのノベライズなのではないかと思います(と言えば的外れかもしれませんが)。
単独創作のほうがテーマの統一性や洗練された文体を保ちやすく、作品としてはその方が正解なのかもしれません。それでも、完璧に設計された物語より不完全だけど魂のこもった物語を好む私のような人間にとって、TRPG由来の小説は特別な味わいがあります。
当時、TRPGのリプレイはまさに百花繚乱でした。どの作品にも、前述したような「予測不能な」面白さが満ちていたのです。
その頃の私は、ローティーンらしい生意気さで、
「面白くない小説を読むくらいなら、リプレイを読んだほうがずっとマシだな」
と本気で思っていました。
そして今振り返ると、私がロードス島戦記やドラゴンランスを40年近くも愛し続けてきた理由も、まさにこの“リプレイ的な面白さ”にあったのだと感じています。
現在の私は、幸運にも、オンラインという形で継続的にセッションを楽しんでいます。
楽しいセッションが続き、それがキャンペーンとして積み重なっていくなら、これほど幸せなことはありません。長く遊べば遊ぶほど物語は深まり、キャラクターへの愛着は強まり、当初は思いもよらなかった設定が自然と湧き上がってきます。
そうした設定のうち、実際のセッションに反映できそうなものは、同卓の仲間の同意が得られれば取り入れることもできます。キャンペーンの“スパイス”になる程度であれば、よほど独りよがりでない限り、受け入れてもらえる可能性は高いと思います(もちろん、日頃の関係性にも左右されるでしょう)。
とはいえ、イマジネーションが止まらなくなる瞬間があります。
それは、よいセッション、よいキャンペーンに参加している証拠でもあります。自分たちが磨き上げてきた世界観、キャラクターの個性、パーティーの関係性、それらが創作へと向かわせる力を持つのです。
この創作欲は、これまで述べてきた「リプレイからのノベライズ」とは少し異なります。実際に遊び、積み重ねてきた世界観を土台にした“二次創作”への欲求です。いわば、二次創作のさらに二次創作と言えるかもしれません。
私自身、『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第2版』のキャンペーンをもとにした二次創作を、これまでにいくつか書いてきました。
ここまで、TRPGセッションと創作について、そして『ロードス島戦記』や『ドラゴンランス戦記』へのファンレターのような気持ちを込めて、その魅力を書き連ねてきました。そうした魅力は、私にとって“創作へ向かう必然”でもあったのです。
次回からは、当初の予定どおり、よそに寄稿させていただいたセッション由来の創作や、X(Twitter)上で少しずつ公開してきた作品をご紹介していきたいと思います。どうか引き続きご覧いただければ幸いです。
