第20話:昭和の暮らしを支えた 名もなき仕事図鑑『出張写真屋さん──レンズの向こうに残した家族の節目』
昔は、どこに どんなふうに おられたんですか?
昔はなぁ、まだどの家にもカメラがあるわけやなかった。
せやから、七五三や入学式、結婚式みたいな節目になると「出張写真屋さん」が呼ばれてな。
三脚にどっしりした大きなカメラを担いで、町の路地を歩いて来てくれたんや。
運動会の朝なんかは、門口に立って「今日はお撮りしましょうか?」と声をかけてくれることもあった。
今でいう“フリーカメラマン”やけど、当時はほんまにありがたい存在やったわ。

どんなことをしてはったんですか?
出張写真屋さんは、家に呼ばれて玄関先や座敷に道具を広げるんよ。
黒い布をかぶってピントを合わせて、
「動かんといてや〜、はい笑って!」いうてシャッターを切る。
大事な記念写真やから、衣装を直したり、子どもの表情をやわらげたり──
半分は“演出家”みたいな役割もあったな。
撮った写真は暗室で現像して、数日後に台紙に貼って届けてくれる。
厚手の台紙に収まった写真を受け取る瞬間は、家族みんなで「おお〜!」と声をあげたもんや。

どんな人たちが その仕事を?
写真館を持っとるけど、出張も兼ねてやってる人が多かったな。
カメラも高価で専門知識も要るから、腕一本で食べてる「写真師」と呼ばれる人たちやった。
無口で職人気質のおっちゃんもいれば、子どもを笑わせるのが上手い陽気な人もおった。
「こら、動いたらブレるで〜」と冗談まじりで場を和ませる姿は、まさにプロやったわ。
その仕事、どうして 見かけんようになったんですか?
やっぱり、家にカメラが普及したことやな。
昭和40年代には、安うて扱いやすいカメラがどの家庭にも入り始めた。
運動会や旅行でも、お父ちゃんが自分でパシャッと撮れるようになったんや。
さらに、カラーフィルムやインスタント写真(ポラロイド)も出てきて、
「わざわざ呼ばんでも撮れる」時代に変わっていった。
出張専門の写真屋さんは、だんだん姿を消してしもたんやな。
最後にひと言、もらえますか?
一枚の写真には、その家の時間が閉じ込められとる。
笑顔も、緊張した顔も、その時しか残せん宝物やった。
出張写真屋さんは、ただの商売やあらへん。
レンズを通して「家族の節目」を未来に届けてくれた人らやったんや。
いまスマホで何百枚も撮れるけど──
あの台紙に貼られた一枚の重みは、今でも胸に残っとるんよ。
📷 ご覧いただき、ほんまおおきに。
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