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第15回:琴音先生の“四字熟語 ひもとき塾” 『千載一遇』(せんざいいちぐう)

—— その瞬間は、千年に一度かもしれん。けど、またきっと出会える。


◆ ある日の放課後、教室で

「……やっぱり、行っとけばよかったんかなって、ずっと思ってます」

洸太は、ゆっくりと鞄を閉じながらつぶやいた。

合唱コンクール。
本番直前、ソロパートの子が声を潰してしまった。
指揮者に「代われるか」と言われたそのとき、洸太は一歩、踏み出せなかった。

「“もし間違えたら”って思うてまうと、手が上がらんくて……
結局、他の子が歌ってくれました。うまかったです。悔しいとか、そういうんともちょっと違って……
ただ、“あれが最後のチャンスやったかも”って」

琴音先生は、静かに頷いた。

「──今日の言葉はね、『千載一遇(せんざいいちぐう)』。
ちょっと風のような響きの言葉やけど、重みのある言葉なんよ」


◆ 熟語の意味と背景

「“千載”は、千年。“一遇”は、たった一度の巡り合わせ。
つまり、“千年に一度あるかどうかの貴重な出会い”ってことなんよ」

「たとえば、大きな舞台、ほんまに出会いたかった人、
そのときにしか訪れへん“巡り合わせ”のことを、そう呼ぶんよ」

「出典は『宋史』いう中国の史書やね。
昔の人も、“一瞬のために生きる”ようなことがあったんやと思う」

洸太は、小さくうなずいた。

「……そっか。“一瞬”か。でも、そう思うと余計に悔しいです。
なんで、踏み出せへんかったんやろ……」


◆ 故事紹介:千年に一度のその時に

宋の時代。
ある町に、**郭(かく)**という若者がいた。

読み書きもそこそこ。話し方も地味。
ただ、剣舞だけは誰よりも得意だった。

ある日、町に旅芸人の一座が来て、剣舞の試技を募った。
勝てば、宮廷への推薦が約束されるという。

郭は胸が高鳴った。
「これが、わしのための舞台かもしれん」

けれど──いざ名乗ろうとしたとき、足がすくんだ。
「名もなき者が前に出るなんて、笑われるだけかもしれぬ」
そう思って、口を閉ざした。

結局、名乗り出たのは別の男。
彼は見事な演舞を披露し、宮廷に招かれてゆく。

郭は、悔やんだ。

けれど、そのあとも彼は剣舞をやめなかった。
「あのとき名乗れなかった自分に、恥じぬように」と。

数年後、王族の前で即興の演舞を命じられたとき、郭はためらわず剣を抜いた。
その舞は、かつてよりも磨かれており、堂々としていた。

後に人は言った。

「一度目に名乗らなかったあの時こそが“千載一遇”だった。
けれど、彼は“もう一度来た千載”を、今度はつかんだのだ」と。


◆ 現代との橋渡し

「洸太さん、チャンスって、
“そのときだけ”に見えて、実は“続き”でもあるんよ」

琴音先生は、窓の外を見ながら言った。

「“あのとき出られへんかった自分”を忘れへんようにして、
次のとき、迷わず手ぇ上げたらええ。
そしたら、また千載一遇が来たとき、ちゃんと応えられると思うよ」


──心に、静かな変化が訪れて

洸太は、少しだけ笑った。

「……また来ますかね、そんな瞬間。
……来てくれたら、次は、たぶん、行ける気がします」

その言葉に、“悔しさ”が、“備え”に変わっていた。


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