🍵喜三郎じいちゃんの知恵袋 第176話『井戸水の冷たさに、自然の恵みを教わったばい』
—— 蛇口の向こうに忘れてしもた、大切なもんがある
五月の入り口、朝の空気はまだ少し冷たい。翔太は台所でコップに水を注ぎながら、ふと手を止めた。この水、どこから来るんだろう。蛇口をひねれば当たり前のように出てくるこの水のことを、自分はほとんど考えたことがない。子どもの頃からずっと、水は「あるもの」だった。お湯だって、ボタン一つで出る。それが当たり前すぎて、疑ったことすらなかった。飲み水がないということが、どういうことなのか、想像すら及ばない。水がなければ何もできないのに、あって当然だと思い込んでいる。その鈍感さに、ふと気づいて少し恥ずかしくなった。コップを持ったまま、翔太は縁側へ向かった。
縁側に出ると、じいちゃんがいつものように茶を飲んでいた。湯気が朝の光の中に細く立ち上っている。庭の土は昨夜の雨でしっとりと濡れていた。翔太がなんとなく水道の話を持ち出すと、じいちゃんは「ほう」と目を細めた。
「わしが子どもん頃はな、水道なんかなかったとよ。毎朝、井戸まで水ば汲みに行くんが日課やった」
「毎朝? 大変だったね」
「大変よ。冬の朝なんか、手がかじかんでな。でもな、あの冷たさは格別やった」じいちゃんは両手を広げ、何かを包むような仕草をした。「夏の朝に桶を井戸に降ろして、引き上げてくる水のな、あの冷たさときたら——地の底から届く贈り物みたいやったばい。手がじんじんして、目が覚めて、ああ今日も生きとると体で感じるんよ。あの感覚は、シャワーを浴びるのとはまるで違う。全身で、水に感謝させられる感じがしたとよ」
翔太は黙って聞く。
「一度な、日照りが続いてな、井戸水がどんどん減っていったことがある。おかあが毎朝、桶の水位を神様に祈るような目で確かめよった。近所のおばさんたちも集まってきてな、どこの井戸はまだ出るとか、今日は洗濯ば控えようとか、みんなで水ば分け合うようにして暮らしとった。子どもやったわしにも、水ば大事に使えいうことだけは、しっかり言い聞かせられたとよ。あのときの緊張感は、今でもはっきり覚えとるばい」
じいちゃんは茶碗を両手でそっと包んだ。その仕草が、まるで水を大切にするときの手つきに見えた。
「あのとき初めてな、水ってのは天が与えてくれるもんやと、腹の底からわかったとよ。雨が降るたびにありがたいと思うようになった。土が水ば吸い込む音まで好きになったばい。水がないと飯も炊けん、体も洗えん、畑も死ぬ。そんな当たり前のことが、不便な暮らしの中でやっと見えてきたとよ」
「自然の恵みは、不便の中でしか本当には感じ取れん」
翔太は手の中のコップをじっと見た。なんでもない透明な水。でも今日は、少し違って見える。
「便利になるのはええことたい。でもな」じいちゃんは縁側の向こう、朝露に濡れた庭の土を見つめながら言った。「楽になった分だけ、何かへの感謝ば忘れとらんか、時々確かめんといかんやろな。水でも、飯でも、電気でも——あって当たり前のもんの裏に、誰かの手や、空や、土があるとよ。そこを忘れたら、人はどんどん薄うなっていくと思うばい」
鳥が鳴く。庭の土が朝露に濡れて光っていた。翔太はゆっくりと水を一口飲んだ。冷たかった。それが今日は、少し嬉しかった。コップの底に、朝の光が揺れていた。昨夜の雨に、翔太は少し感謝した。蛇口をひねる手が、今日はなんとなく丁寧だった。
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