#ハマった沼を語らせて|半田の匂いに惚れて 〜小学生の僕が日本橋に通い詰めた話〜
プロローグ:電気の沼
小学生の頃、僕は遊びを考えるのが好きだった。新しい遊びのルールを考えながら歩いていて、電信柱にぶつかったことも幾度となくある。
そんな日常が一変したのは、「初歩のラジオ」という雑誌と出会った日だった。
雑誌に載っていた「実体配線図」。普通の回路図は難しくて読めなかったけど、実体配線図なら写真のように組み立てればいい。
「これなら、俺にも作れるかもしれん...!」
その瞬間、僕の心に火がついた。ここから、電気の沼にどっぷりとハマる人生が始まった。
第一章:日本橋への巡礼
ラジオを作るには、当然、部品が必要だ。 最初は親父と一緒に、大阪の日本橋の電気街に行っていた。
でも、気づいたら「もう親父なしで、自分で行きたい!」と思うようになった。
その理由は簡単だ。自由に日本橋を歩き回りたかったからだ。
でもそれだけじゃない。
うちは裕福じゃなかった。お年玉や小遣いをコツコツ貯めて、なんとか部品を揃えていた。
だから、決めた。
「電車で行く金があるなら、その分、自転車で行って部品を1個でも余分に買う!」
片道10数キロの道を、自転車をこぐ度に、どんな部品があるんだろう?知らない部品と出会えるかな?
そんなことを考えながらワクワクして漕いだ。
全くしんどくなかった。
日本橋の店に並ぶ部品を眺めているだけで、頭の中で想像力と妄想が湧いてくる感覚があった。
「この部品、何に使うんだろう?」
「あの部品を使ったら、面白いものができるんじゃないかな?」
「この部品(ジャンク)使ったら安くステレオ作れるんじゃないか?」
「このジャンクのトランス、これはお買い得や!」
部品の一つ一つが、僕の未来を広げてくれる気がしてくる。
もう、ワクワクが止まらなかった。
「日本橋、ここが僕のパラダイスだ...!」
第二章:おっちゃんとの出会い
日本橋のジャンク屋をウロウロしていると、お店のおっちゃんが不思議そうに声をかけてきた。

「坊主、なんか探してんのんか?」
僕は迷わず答えた。
「ハンドニブラ探してんねん。」
おっちゃんの顔が一瞬固まる。
「えーー!? 坊主、ハンドニブラが何するもんか知ってんのんか?」
僕は即答した。
「シャーシに穴開けるに決まっとるやん!」
おっちゃんは一瞬絶句。
「...............(こいつホンマにわかっとるやんけ)」
大人の職人しか来ないジャンク屋で、小学生の僕が本気で工具を探してる。
この光景を見たおっちゃんの驚きは、今思えば相当やったやろう。
第三章:半田の匂い
部品を集めたら、次は組み立て。
シャーシ(アルミのケース)には穴が開いていない。真空管やトランスを取り付けるためには、自分で穴を開ける必要があった。

真空管用の丸い穴は、シャーシーパンチでガシャン!と打ち抜く。
けど、トランス用の四角い穴は、ハンドニブラでコツコツ切り取るしかない。
「これ、地道すぎるやろ...!」
切り終わったら、仕上げはヤスリ。
「バリ(切り口のギザギザ)があるままやと、手が切れるし、見た目も悪い。」
ゴリゴリ、ゴリゴリ...
ヤスリで削って、手で触って確認。
「よし、なめらかになった!」
こうして、ようやく部品を取り付けられる状態になる。
でも、ここまでやってもまだ「組み立て」すら始まっていないのが、ラジオ作りの奥深さ。
「これはもう工作やない。職人の仕事や...!」とワクワクしていた。
いざ組み立てに入ると、僕はもう食事も寝ることも忘れた。
母ちゃんに何度も
「あんた、ご飯食べんと倒れるよ!ええ加減にしいや!」
と怒られたけど、完成するまでは止まれなかった。
そして何より、僕は「半田の匂い」に惚れてしまった。
半田ごての熱で溶けるハンダの匂い。 部品と部品が繋がり、ひとつの回路になっていく感覚。
その瞬間、僕は「ものを作っている!」という興奮に包まれていた。
学校では授業中に寝ることも増えた。社会や国語はもうダメやった。
でも、理科と算数と体育だけはめちゃくちゃ成績が良かった。
第四章:挫折の煙
ついに完成した「5球スーパーラジオ」。
「さあ、スイッチを入れるぞ!」
......シーン。
何の音も出ない。
「おかしいな...」
配線を何度も見直す。
でも、どこをどう直しても鳴らない。
「何がダメなんだ...!」
何日も何日も考えた。
でも、どこを直せばいいのか分からない。
半田ごてを持つ手が震えた。
「せっかく作ったのに...」
ここまで頑張って、これで終わりなのか...?
それでも、諦めきれなかった。
「もう一回、やってみるしかない。」
何度も配線を変えて、何度も通電してみる。
すると------
バチッ!!!
突然、白煙が上がった。
「うわっ!!!」
慌てて電源を切る。
焼け焦げた部品から、独特の焦げた臭いが漂う。
「......終わった。」
しばらく、その場から動けなかった。
「もう無理かもしれない...」
第五章:親父の一言
ラジオが鳴らなかったあの日から、僕は半年間、ラジオに触れられなかった。
もう無理かもしれない。
何が悪かったのかも分からないし、また煙が上がるかもしれない。
そんなある日、何気なく部屋でボーッとしていたら、
親父がふとつぶやいた。
「トモキ、ラジオ、諦めたんか?」
「トモキ、お前が諦めるって…なんか似合わんでぇ!」
その一言に、ハッとした。
「諦めた?」
違う。
本当は、まだ諦めたくなかった。
でも、「もう無理やろ」と勝手に決めつけていただけだった。
だから、決めた。
「もう一回、やり直しや!」
第六章:再挑戦の輝き
「全部バラして、一から組み立て直したら、もしかして...」
半田の煙を再び嗅ぎながら、
「ダメで元々や!」
どうせ半年間ほったらかしてたんや。
もう一回やってダメでも、今と何も変わらん。
それに、ふと思った。
「もう一回作れるってことは、もう一回楽しめるってことや!」
だいたい、ものを作るっていうのは、作ってる最中が一番楽しいもんや。
そう思ったら、またワクワクしてきた。
そして、最後の配線をつなぎ、バリコン(チューニングダイヤル)を回す。
「ガー...」
雑音が響く。
慎重にダイヤルを回す。
「ピーーッ!」
音が鳴った。
そして------
「......こちらは、NHKニュースです。」
鳴った!!!
一瞬、息が止まる。
「できた...!僕の手で、本当にラジオが鳴ったんだ...!!」
ふと見ると、真空管5本がオレンジ色に灯っている。
まるでランプのように美しく、温かく輝いていた。
それは、まるで「よく頑張ったな」と言ってくれているようだった。
涙が止まらなかった。
そして、僕は叫んだ。
「父ちゃん!鳴ったで!!やったで!!」
台所にいた親父が、新聞をめくる手を止めた。
ちらっとこっちを見て、ニヤッと笑った。
「そら、よう頑張ったな。」
それだけ言って、また新聞に目を落とした。
でも、僕は分かった。
親父は、めちゃくちゃ喜んでる。
僕の中で、何かが弾けた。
「俺は、電気の道で生きていく!」
そう決めた瞬間だった。
エピローグ:人生の回路
あの時、僕はただ「ラジオを作った」つもりだった。 でも今になって思う。
あの時作っていたのは、僕の「人生の回路」だったんじゃないか?
ラジオ作りにハマり、電気の道へ。 電気の道にハマる中で、パソコンに出会い、プログラムにハマる。 そして今、僕はnoteで文章を書いている。
まるで、最初はノイズだらけだったバリコンを回して、やっと「ピーーッ!」と周波数が合った瞬間のように、長い時間をかけて「人生の回路」が繋がったんや。
子供の頃の僕は、まさか自分が文章を書くなんて想像もしてなかった。 国語は苦手やったし、「書くこと」なんて無縁やと思ってた。 でも、気づけば今、僕は「ものづくり」の延長線上で、言葉を組み立ててる。
ラジオ作りも、電気も、パソコンも、文章も------ ぜんぶ繋がってたんや。
これこそが、僕の「ハマった沼」。
これが僕の「人生の回路」。
そして、これが僕の「ハマったものづくりの沼」!
(終)
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