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喜三郎じいちゃんの知恵袋『失敗とはなんや?』 第9話

「じいちゃん、人前で失敗したら、めっちゃ恥ずかしいやんか…
もう立ち直られへんわって思うこと、ないん?」

翔太しょうたが縁側で肩を落として言うた。

じいちゃんは湯呑みを見つめながら、ゆっくり言うた。

「あるわ。若い頃な、ワシ、大失敗やらかしたことある。」

翔太しょうたが目を丸くする。

「ワシな、レンガ職人になってまだ浅かった頃や。
大きな建築現場に出すレンガを1000個、焼成前に揃えて乾かしとった。
ほんまは天気が怪しかったんやけど、無理して外に干したんや。
風通しを優先してな。ほな、夜中に雨や。」

じいちゃんは、あの時の情景を思い出すように目を細めた。

「翌朝行ったら、レンガがどれもこれも中まで湿気吸うてて、
表面は割れ、角は欠け、まるで“レンガの墓場”やった。
1000個、全部パー。
納期は迫っとる、現場も止まる、親方の顔も引きつっとる。」

翔太しょうたは口を開けたまま、声も出んかった。

「その時や。現場の監督がぽつっと言うた。
『誰が判断したんや?これでウチの信用もパーやで』って。
…ワシ、情けないやら、悔しいやら、恥ずかしいやらで、
道具袋置いたまま、工房から出てしもうた。」

「逃げたん…?」

「ああ。逃げた。
家にも帰られへん。川べりで朝まで時間潰した。
『もう辞めよかな』って思うたわ。ほんまに。」

じいちゃんは、そこで一息ついた。

「けどな…ふと気づいたんや。
ワシ、道具袋を置いてきとった。
型枠も、使い慣れた撫で板も、全部や。

あれはな、ワシの“職人の魂”みたいなもんやった。
ワシ、魂を置いて逃げたことになる。
それだけは、どうしても自分で許せんかった。」

翔太しょうたは静かにうなずいた。

「だから戻ったんや。
ただ、道具を取りに行くつもりやった。
けどな、現場が見えた瞬間、足が止まらんようになってた。
…そのまま中に入って、掃除しながら待っとった。」

じいちゃんは、少し笑いながら続けた。

「親方、ワシを見てこう言うた。
『ミスしたことやのうて、“戻ってこんかったこと”が一番の失敗やぞ』ってな。」

「そっからはワシ、逃げへんようになった。
ミスしたら、まず謝る。そっから何をどう直すかを一緒に考える。
それからや。ただの作業員やのうて、“考える職人”になったんは。」

じいちゃんは少し間をあけて、静かに言った。

「おかげでな、後輩にも頼られるようになって、
親方も、難しい仕事をワシに任せてくれるようになった。
あの日のことが、今のワシを作ったんや。」

翔太しょうたはしばらく黙って聞いていたが、ぽつりと聞いた。
「…じゃあ、その失敗は…失敗じゃなかったん?」

じいちゃんはにやりと笑った。

「そうかもしれん。
失敗はな、あきらめた時に決まるんや。
逃げへんかったら、それは“学び”や。
ワシにとって、あれは“終わり”やのうて、“はじまり”やったんや。」

──

今日の知恵袋:

「失敗は、あきらめた時に決まる。
   逃げへんかったら、それは学びや。」



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