「パパ、見て!」はいつまで?──今しかない子育ての時間
《読み始める前に》
「パパ、見て!」
「パパ、一緒にやろう!」
子どもがそう言ってくれるのは、いったいいつまでなのでしょう。
ある日の夕食後、長女のアキコと部屋で遊んでいると、突然ふすまが開き、ママも加わってきました。
3人でビーチボールを打ち合う、にぎやかなひととき。
その時、私はふと口にしました。
「4、5年前までは、いつもこうだったよね」
何気ないその一言をきっかけに、アキコがまだ小さかった頃の記憶が、次々とよみがえってきました。
タオルケットで揺らしたこと。
毎晩、絵本を読んだこと。
肩車をしたこと。
「怖いから一緒にいて」と、トイレについてきてほしいと頼まれたこと。
あの頃は、ずっと続くように思っていた時間。
けれど、子どもはいつの間にか大きくなり、「今しかできないこと」は、一つずつ終わっていきます。
子どもと過ごす日々は、永遠に続くようでいて、振り返ればほんの一瞬です。
だからこそ、今この時を、思い切り楽しみたい――。
20年以上たった今も、私はそう思っています。
パパの子育て奮戦記:第90号 |「あったかい家族日記」第95号・復刻版
長女アキコ(7歳)、次女クニコ(3歳)、ママ、パパ(私)、祖母(69歳)
久しぶりに戻ってきた、3人だけの時間
9月27日(火)の夕食後、長女アキコと部屋で野球をしたり、ビーチボールサッカーをしたり、ビーチボールバレーをしたりしていました。
ビーチボールバレーをしていると、突然ふすまが開き、ママが入ってきました。そして、そのまま一緒にバレーを始めたのです。
私「クニコはどうした?」
ママ「あんまり食べないから、いい加減、放っておくことにしたの」
食べるのがとてもゆっくりで、なかなか食事が終わらないという意味です。
私は、 「ふ〜ん」 と言いながら、3人でバレーを続けました。
アキコは大喜びです。 私はビーチボールを打ち返しながら、
私「4、5年ほど前までは、いつもこうだったよね。 アキコがパパとママを独占していた。」
ママもボールを打ち返しながら、
ママ「そうだったわね〜。」
私「こんなの本当に久しぶりだな〜。」
その夜、布団に入ってぼんやりしていると、次女クニコが生まれる前の、アキコとの暮らしが次々と思い出されてきました。
タオルケットの揺りかごと、毎晩の絵本
①いつも寝る前には、アキコをタオルケットの中に入れ、夫婦で両端を持って揺らしてあげていました。
アキコがもっと小さい頃は、枕カバー用のバスタオルでも十分でした。

「アキコはかわいい、かわいいアキコ♪」
「3人で食べれば、もっとおいしい♫」
(夕食後の寝るまでの時間、果物タイムがありました。その果物を一人ではなくて、3人で一緒に食べるともっとおいしくなるという意味でした)
そんな言葉を子守歌のように歌いながら、ゆっくり揺らしてあげていました。
アキコは、
「もっと、もっと」
とせがみます。
「じゃあ、あと3回ね」
そう言いながら、また揺らしてあげました。
毎日のように繰り返していた、懐かしい時間です。
②寝る直前には、いわむらかずおさんの『14ひきのねずみシリーズ』を、毎晩のように読んであげていました。

『14ひきのひっこし』
『14ひきのこもりうた』
『14ひきのあさごはん』……。
この14匹のねずみ家族のように、幸せな家族になってほしい。
そんなことを思いながら、読んであげていました。
見ていて飽きなかった、小さな寝顔
③夜は、ママ、アキコ、私の順に、3人で川の字になって眠りました。
夫婦で、1歳から3歳頃のアキコの寝顔を見ながら、
「あ〜、かわいいね。見ていて飽きないね」
と言い合っていました。
本当に見ていて飽きませんでした。
こけしのような、アキコのかわいい寝顔。
今でも、はっきりと思い出すことができます。
④アキコが迎えた2度目のクリスマスのことも、よく覚えています。
8月生まれだったので、1歳4か月を過ぎた頃です。その日、初めてケーキなどの甘いものを食べさせました。
まだ言葉をはっきり話せなかったアキコは、あまりのおいしさに、身振りで、
「もっと欲しい、もっと欲しい」
と伝えてきました。
その時の表情は、今でも忘れられません。
育児書に、砂糖がたくさん入ったケーキやアイス、アメなどは、1歳半頃までは食べさせない方がよいと書かれていたため、その日まで一切与えていませんでした。
次女のクニコにも、同じようにしました。
初めて歩いた日、初めて絵本で笑った日
⑤アキコが初めて歩いた瞬間も、目に焼きついています。
それまでしばらく、ネコのように床を這っていました。
ところがある時、私が見ている前で、一歩、二歩と立ったかと思うと、そのまま歩き始めたのです。
驚きとともに、その瞬間の映像は、今もはっきりと残っています。
⑥初めて絵本を読んで喜んだ時のことも思い出しました。
ある絵本を祖母が少し読んであげたのですが、アキコはちっとも関心を示しません。
私は、
「その本じゃダメだって」
と言い、『いないいないばあ』を読んであげました。
するとアキコは、
「きゃっきゃっ」
と声を上げて笑いながら、絵本を楽しそうに聞いていました。
⑦そして、アキコが2歳の時に出かけた、1週間の東北一周旅行。
楽しかったな〜。
そんな思い出が、とりとめもなく、次から次へと浮かんできました。
今できることは、いつまでもできることではない
今、アキコをタオルケットに入れて揺らすことができるかな。
「ビリッ」といくかも。
肩車なら、まだぎりぎり大丈夫かな……。
気がつけば、アキコと一緒にトイレに入ることもなくなっています。
ちょっと前までは、
「怖いから、一緒にいて」
と言い、私がどこかへ行かないように捕まえながら、トイレに入っていたのに……。
いずれ、小さい頃と同じような関わり方はできなくなります。
小学校高学年にもなれば、
「今は勉強だから遊べない」
「今は○○をしているから、あとで」
「○○さんと遊ぶ約束がある」
と、少しずつ変わっていくことでしょう。
私は、子どもが中学生や高校生になっても、家族で一緒に遊び、一緒に学ぶことを目指しています。
それでも、友達との関係が広がり、自立していくにつれて、子どもの世界の中で親が占める割合、親の影響力は、少しずつ小さくなっていくのでしょう。
子どもが大きくなるのは、本当にあっという間です。
だからこそ、今この時の子どもとの関わりを大切にしよう!
今この時、思い切り子育てを楽しもう!!
世のお父さん方。
さんざん「仕事だから」と子どもの頃にほうっておいて、
暇になってから(これってもしかして退職後?)
「さあ、これから関わろう」と思っても、その頃には
大きくなった子どもの方が見向きもしませんよ!
今しかできない「子どもとの宝物の時間」を
思い切り楽しみましょう!
(2005年9月28日記)
今、振り返ってみて
あの頃は「子育てゴールデンタイム」の真っ最中だった
以前の記事で、私はこんなことを書きました。
子どもがシングルエイジの間、つまり10歳の誕生日を迎えるまでの間は、パパとママがミッキーマウスで、パパとママがいるところがディズニーランド――それくらい、子どもの方からパパとママを求めてくれる時期です。
私は、この時期を「子育てゴールデンタイム」と呼んでいます。
この時期にこそ、子どもと思い切り関わり、宝物のような時間を共有すること。
そして、生涯にわたる親子の絆を築いていくこと。
この記事を書いた2005年、長女アキコは7歳、次女クニコは3歳でした。
まさに、わが家は「子育てゴールデンタイム」の真っ最中だったのです。
タオルケットで揺らしたこと。
絵本を読んだこと。
肩車をしたこと。
一緒に遊んだこと。
旅行に出かけたこと。
今振り返ると、私は、この時期を逃さず、後悔がないくらい、子どもとたくさんの「宝物の時間」を共有したと思います。
子育ての「最後」は、いつも気づかないうちにやってくる
子育ての「最後」は、その時には最後だと気づかないことが多いように思います。
最後に肩車をした日は、いつだったのか。
最後に一緒にお風呂に入った日は、いつだったのか。
最後に「トイレに一緒にいて」と頼まれた日は、いつだったのか。
その時は、「今日で最後」とは誰も教えてくれません。
気がついた時には、子どもは次の成長の段階へ進んでいます。
実際、アキコもクニコも大きくなるにつれて、少しずつ友達との世界が広がっていきました。
それまで家族と一緒に行っていた夜宮祭りにも、小学5年生頃からは友達と行くようになりました。
歯磨きを手伝うことも、着替えを手伝うことも、食事を食べさせることも、いつの間にか必要なくなっていきました。パパの私の場合、娘と一緒にお風呂に入ることも、生理を迎える前には終わっていました。
幼い頃と同じような関わり方は、少しずつできなくなっていきます。
関わり方が変わっても、親としてできることはある
それでも、子育て中はいつもいつも課題がありました。つまり、親としてやることはいつもいつもあったということです。
私は、アキコが小学1年生の頃から、子どもが高校生、大学生になっても、進学や進路、就職などのシリアスな話題を含めて相談に乗れる親でありたいと思っていました。
実際に、アキコもクニコも、大きくなってからもいろいろなことを相談してくれるようになりました。
クニコが大学に合格した後には、奨学金を得るための提出論文を一緒に考え、サポートしたこともあります。
なぜ、そんな関係を築くことができたのか。
今の私は、その一つの理由として、子どもたちが小さい頃から、ずっとずーっと関わり続けてきた時間があったからではないかと思っています。
もちろん、子どもとたくさん遊べば、将来何でも相談してくれるという単純な話ではありません。
親子の関係は、それぞれ違います。
それでも、幼い頃に一緒に笑ったこと。
子どもの話を聞いたこと。
一緒に何かに夢中になったこと。
「パパ、見て!」
「パパ、一緒にやろう!」
そんな呼びかけに応えてきた小さな積み重ねが、その後の親子関係の土台の一つになったのではないか。
私は、今、そんなふうに感じています。
本当に、あの時間は宝物になりました
仕事が忙しいパパも多いと思います。
それでも、5分でもいい。
10分でもいい。
子どもが、
「パパ、見て」
「パパ、一緒にやろう」
と言ってくる、その瞬間を少しだけ大切にしてみる。
今、当たり前のように繰り返しているその時間が、10年後、20年後には、きっと懐かしく思い出す「宝物の時間」になっているかもしれません。
私にとって、タオルケットでアキコを揺らした時間がそうであったように。
今しかできないことを、今、楽しむ。
2005年の私は、そう書いていました。
20年以上たった今、私はあらためて思います。
本当に、あの時間は宝物になりました。
だから、今、子育て真っ最中のパパやママにも、そっとお伝えしたいのです。
あなたが今日、子どもと過ごしている何気ない時間も、いつか振り返った時、かけがえのない宝物になっているかもしれません。
今しかない「子どもとの宝物の時間」を、どうぞ楽しんでください。
(2026年7月18日記)
📝 自分に問いかけてみる時間
少しだけ、今のあなたとお子さんとの時間を振り返ってみませんか。
今、お子さんは、あなたにどんなことを求めてきますか?
「一緒に遊んで」
「抱っこして」
「見て、見て!」
「一緒に来て」
「お話を聞いて」
そんな言葉をかけてくることはありませんか。
では、その中で、5年後には、もうしなくなっているかもしれないことは何でしょう。
そして10年後。
あなたは、今のどんな時間を懐かしく思い出すでしょうか。
特別な旅行やイベントではないかもしれません。
寝る前に絵本を読んだ時間。
一緒にお風呂に入った時間。
公園で遊んだ時間。
学校から帰ってきた子どもの話を聞いた時間。
一緒におやつを食べた時間。
今は当たり前に思える、そんな何気ない日常かもしれません。
あの「タオルケットにアキコを入れて揺らしてあげた時間」のような、あなたにとっての「今しかない宝物の時間」は、何でしょうか。
📝 簡単なワーク
今日は、少しだけ立ち止まって、
「わが家の、今しかない宝物の時間」
を3つ書き出してみてください。
たとえば、
・寝る前に絵本を読む時間
・手をつないで歩く時間
・一緒にお風呂に入る時間
・休日に公園で遊ぶ時間
・学校であったことを聞く時間
・一緒におやつを食べる時間
本当に、小さなことでかまいません。
3つ書いたら、その中から一つだけ選んでみてください。
そして今週、その時間をいつもより少しだけ意識して、思い切り楽しんでみませんか。
写真に残さなくてもいい。
特別なことをしなくてもいい。
ただ、
「この時間も、いつか懐かしくなるのかもしれないな」
と、ほんの少し感じながら、その時間を味わってみる。
それだけで、いつもの何気ない時間が、少し違って見えるかもしれません。
子どもは、少しずつ大きくなっていきます。
だからこそ、
今しかできないことを、今、一緒に楽しむ。
その積み重ねが、いつの日か、親にとっても子どもにとっても、大切な「宝物の時間」になっていくのかもしれません。
《あわせて読みたい記事》
もうすぐ夏休みですね。
我が家の場合は、
夏休みは我が家の一大イベント、泊を伴う「家族旅行」がありました。
それ以外にも、
絵日記指導、旅行記指導、自由研究指導、科学研究指導
などを通して、子どもとの関わりがありました。
それでも、一番大切なことは、
元気で夏休みを終えるということです。
そのために、読みたい記事として、
👉 夏休み、子どもの命を守るために親ができること──公園、海や川、プールでの事故を防ぐ
があります。
有料記事ではありますが、前半の無料部分だけでも、読む価値があります。
投稿したその日に買っていただけて、感激しています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
『パパの子育て奮戦記』では、若い頃に書いた子育て日記をもとに、今の視点から振り返りながら綴っています。
子育ての中の小さな出来事が、どこかで誰かの気持ちを少しだけ軽くしたり、温かくしたりできたら嬉しいです。
これからも読んでみたいと思っていただけたら、フォローしていただけると嬉しいです。
この記事は、2005年9月28日のSo-netブログ原稿「祝100記事 今この時の子育てを楽しもう!!〜4、5年前にタイムスリップ〜第95号」をもとに、当時の子育て記録を、今を生きるパパ・ママへの贈り物として再構成した記事です。
