感情と手を組むということ
冬季オリンピックが始まり、テレビでフィギュアスケート団体戦、女子ショートプログラムを見ていました。
注目はアメリカのアリサ・リウ選手。
入場から天真爛漫な笑顔が印象的です。
一度引退して、再びリンクに戻ってきた彼女。
滑ることを誰よりも楽しんでいて、瑞々しさと洗練された表現に、目が離せません。
最終滑走は坂本花織選手。
リウ選手とは対照的に、表情は硬く、たくさんのものを背負っているように見えます。
今季で引退を表明している、日本のエース。
団体戦でもチームを牽引する立場。
その重圧は、きっと計り知れません。
でも、緊張しているなら、無理に笑わない。
背負っているなら、背負っている顔をする。
そんなふうに、自分に嘘をついていない感じが、とても好き。
坂本選手の演技は圧巻でした。
ダイナミックなジャンプはもちろん、すべてのジャンプを成功させたあとのステップシークエンス。
ギュッと凝縮されていたエネルギーが、一気に解き放たれ、見ているわたしの心まで、画面を突き抜けてシンクロします。
演技後のインタビューで、坂本選手はこう話していました。
「良い緊張の中で、良い集中ができた」
緊張は、彼女にとって敵ではなく、
集中するために、味方につけるもの。
緊張。焦り。不安。
それらは、避けるべき感情だと思われがちだけれど——
ネガティブというフィルターを少し外してみると、
自分を集中させたり、前へ走らせたりする燃料になっているのかもしれません。
わたしは、パニック発作が起きそうで不安なとき、一心に、お風呂掃除をしたり、トイレ掃除をしたりすることがあります。
そういうときって、驚くほど捗る。
気づけば、家中がピカピカになっている
……までは、いかないけれど。
いつもは敵だと思っている「不安」という感情も、使いようによっては、わたしを動かす力になるのは確かです。
もしかしたら感情は、
ポジティブなら良い・ネガティブなら悪いで分けるものではなく、
どう利用するかという観点で、考えてもいいのかもしれません。
緊張と集中。
不安と行動のように。
悔しさがあるから、努力できる。
悲しみの涙で、浄化される。
痛みがあるから、人に優しくなれる。
絶望を知って、感謝がうまれる。
見える景色が、
時間をかけて変わってきたら……
「結局、何が起こっても、大丈夫なんだ」
少し、そんなふうに思えるのです。
