「昇格してない=負け?」と思ったあの日【ジブン株式会社ビジネススクール】
はじめに:数字に振り回された過去
木下斉さんのジブン株式会社ビジネススクール今月のテーマはスモールジャイアントです。3限のテーマは数字に囚われないKPIについてのお話でした。
今回の記事では、まず私が数字に囚われたあまりにどんな失敗をしてしまったのかを今回はシェアします。数字を追って失敗したと感じるのは、過去の職場での「昇格試験」です。
最終的には無事に昇格試験を受けて合格はできましたが、試験を受けるまでに色々思うことがありました。
育休中に起きた「同期との数字の差」
私が過去にいた職場では、仕事のパフォーマンスによって何段階かの昇格試験を受ける機会がありました。私が育休をとっていた七年前、同期たちが続々と昇格試験を受けていたことを風の噂で知りました。
その昇格試験自体は割と年功序列要素の強い試験なので、おそらく私も育休明けに受けられるだろうと思っていたのですが、昇格=役割の可視化と捉えると、それが私の育休中に“数字の差”として見えてしまうことが地味に精神的にきつかったです。
また、「同期とは横並び」という(勝手に私が思い込んでいた)前提が崩れたようにも思えてしまい、「私は乳児の面倒で一日中振り回されて疲弊しているのに、同期たちは昼休みもちゃんとあって、食事もゆっくり出来て、自分の裁量で仕事を進めて、昇格試験まで受けられるなんて、恵まれてるよね」などと、どす黒い感情もありました。
今思うとそんな感情を覚えるなんて、かなりメンタル的に病んでいたなと笑って振り返ることができるのですが、この経験から言えるのは、外部から勝手に決められた数字に振り回されるというのは精神的にすごくもったいないということです。
「外のKPI」に振り回される苦しさ
当時の私は今のような社外のコミュニティを持っておらず、自分が所属しているコミュニティは冗談無しで家庭と勤務先だけでした。
そのため、昇格という評価が、自分の価値を決めるものだと感じていたのは事実です。本来であれば、育休は貴重な乳児期間の子どもと向き合う(女性なら産後の体調を整えつつ)時間が、勤務先の評価としては「遅れ」のように映ってしまう構造を覚えていました。
要は、自分の存在が会社で「数字になってない」「評価されていない」ことに不安を感じてしまい、イライラしていました。当時まだ0歳だった子どもや夫にとっては「昇格試験でイライラしてるからって家の雰囲気まで暗くするなや」という感じでしょうし、当時の家族には悪いことをしたなと反省しています。
気づき:数字がすべてじゃないと再定義できた瞬間
とはいえ、そんなイライラを経て、とあるきっかけからキャリアや働き方を内省し、棚卸しができたので、育休なんか取らなければよかった、などとは全く思ってないです。育休をとって良かったことや、上記の「とあるきっかけ」は後日また別の記事でまとめますが、一時的な“数字の差”よりも「自分はどう生きたいか」「どんな働き方をしたいか」を考える貴重な時間でした。
会社から勝手に決められた数字上の「昇格」ではなく、「自分はどうしたいのか」を考えないといけない、と気づけたのが育休中に起こった自分の中の変化です。
おわりに
昇格・売上・役職といった外の数字は大変にわかりやすいので、それに振り回されることは誰にでもあると思います。またそれを追求する生き方を必ずしも否定するつもりはありません。
ただし自分は本当にそれを求めているのか、一歩立ち止まって内省する必要はあります。
私の場合、昇格試験という数字を求めたばかりに、育休中は精神的にやや辛かったです。とはいえ、同時に自分は本当はどんな働き方をしたいのだっけ、と落ち着いて考えるきっかけとなったのも育休でした。
昇格という数字を追い求めてメンタルが弱りながらも、キャリアを育休中に落ち着いて考え直したことで転職を経て今があるのかと思うと、不思議な人生です。
ということで私なりの数字を追い求めて辛かった経験とそこから得た気づきについてまとめてみました。次の記事では、「数字」が下がってもやってよかったこと、をまとめる予定です。
それではまた!
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