もみじの剪定に思うこと
人によって異なる剪定方法
剪定は優先順位決め作業の繰り返しと以前の記事で書いた記憶があるが、もみじの剪定は、その基準が人により異なり、話を聞いてると面白い。
もみじを玉造り仕立てにするケースは、ほぼ無いと思うが、その気になればやれるだろう。しかし、そんな樹形は誰も望まない。以下の2系列が、今の選定スタイルだろう。
人工的造形構築物
日本庭園などで見られる美しい、枝の伸び方は自然に従うが、樹形全体は人の考えによる形状に仕上げる手法である。家屋とか庭園内は、空間的な制限があり、自然界とは異なる環境である。この制限内で美しい姿を目指すと、山の中のもみじとは明らかに異なるこじんまりとした形状を目指すことになり、もみじ本来の力強さとは異なる造形になる。こういった造形を嫌う庭師さんもいらっしゃる。
自然樹形
山の中にある手入れされないもみじと同じ姿を目指そうという方向である。従って剪定も、大元から枝を切断して、それ以上手を加えない比較的シンプルな手法になる。上に比較すると造形物としての美しさより、大きくなろうという自然さを表にだす感じとなる。
どちらを選ぶか?
完全に主観と好みになるだろう。日本人ならではの、広さとの調和とかを考えると前者に落ち着くのかも知れない。
家庭の庭木としてはどうか?
この年になって思うのだが、一般家庭の庭にはもみじは、おすすめできない。
というのは、やはり手入れだ。毎年、決まった時期に少なくとも1回は行う。ということであれば、まあ、悪くはない。しかし、その年1回の剪定をどのようにするかである。
家の主がされない場合は、専門家に外注することになる。どういう仕様でお願いするかであるが、成長が早い木でもあり、落葉後は強剪定になりがちである。強剪定されると樹木は翌春に、リベンジのごとく強く枝を伸ばす。
もみじはその傾向が顕著である。だから冬に強剪定をくらったもみじは、梅雨前になると昭和の高校生のボサボサ頭のごとくになる。
というもみじを近所で見かけるのである。そういった理由で、年二回、新梢が出揃った頃の夏前に弱剪定、落葉後に来年の樹形を考えた形状剪定をするのが良いと考えている。だからそういった作業がお好きでない場合はあまりお勧めできないのである。
なぜこんなことを思うのか?というと古い住宅地で、こういったもみじを見かけることがあるからだ。伐採に近い無惨な形で切られたものも見かける事があるが、たとえ、そのように切られても、たくましく徒長枝を伸ばしてくるので、美しい形状ではないが、それも街もみじの形状かと思うのだ。
(了)
