怒りを糧に生きる2026年1月に出会った本など
久し振りにnoteを開いたら「おかえりなさい」と表示されて、ぬるりとした罪悪感が心の中に入り込んでくる。別に忘れてたわけではないんだ。忙しくてあまり会う時間を作れなかった恋人を前にしたような言い訳をする。別に忘れてたわけじゃないんだよ。本当に。
年末年始、友人と『名探偵津田』の最新作を一気見して腹がよじれるくらいに笑ったり、バスケの試合を見るためにお台場に一泊したり、急に思い立って編み物を始めたりと、とても充実した時間を過ごしたと思う。編み物ってすごいよね、無心でやっていたらいつの間にか時間が過ぎていく。時間どろぼうも逃げ出すわ。
読書もそこそこしたし、それこそ良い読書体験もたくさんした。こまごまとした感想もコンスタントに書いていた。それでも、こうやって長文を書く気にはなれず、スマホのホーム画面に現れるnoteのアイコンから目をそらす行為を延々と続けていた。だから違うんだ、忘れてたわけじゃないんだって。
生活が充実していると、文章を書く気にはならないのかもしれない。今になって再びnoteを開いたのは、仕事ではちゃめちゃスーパーウルトラ超絶グレートに嫌なことがあったからだ。まじでむかついたし、涙が出た。30代も中盤にさしかかろうとしているのに、大人になって仕事でこんなに泣くと思っていなかった。頑張っている人に「もっと頑張れ」はまじて言ってはいけない。肝に銘じろ私の上司。そしてくたばれ。
そんな気持ちがふつふつと、心の底で煮えたぎっている。私は非常に腹が立っているのだ。なぜか分からないけれど、そんなときって文章を書きたくなる。この件について詳しく言及はしないが(書くとしてもチラシの裏だ)、なんでも良いから書きなぐって、この怒りをぶつけたい。怒りを鎮めたいのではなく、むしろ鎮めてたまるかと思っている。そしてこのnoteを書いている。
怒りは人を動かす原動力になることを実感している。ただ、これを不当な行為に転嫁するのは間違っている。だからこそ、パソコンを開け。文字を書け。この怒りを原動力にして前に進むしかない。
この話から本の話になるの、無理があるんじゃない?でも、本の話をする。
2025年1月に読んだ本
プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)(下)
久し振りに読むのを止められない読書体験をした。この本の最終ページに6Gくらいの重力があって、その重力に逆らえず、ページをめくる手が止まらないんじゃないかと錯覚しかけた。
本作の特徴は、「現在」と「過去」と行き来しながら物語が進むところだ。ある使命をもって宇宙船「ヘイル・メアリー」(船名の意味は「やけくそな最後の賭け」)に乗船する主人公。「現在」の彼にはひっきりなしにトラブル――それも命にかかわる超重大なものばかり――が舞い込むし、「過去」の記憶を辿ればこの宇宙船を巡る事実が徐々に浮かび上がってくる。そして迎えるクライマックスに、体中の血がぶわって沸騰しそうだった。
面白いと思う暇もなく物語に没頭し、そしてまさに光速で駆け抜けていった印象だ。ただし、読み終わった瞬間に頭を抱えて大声で「面白かったー!」と叫ぶくらいに面白かった(本当に叫んだ)。
読書と社会科学
情報を得るための読書に対して、「自分の眼の構造を変え、いままで眼に映っていた情報の受け取り方」ひいては「生き方」が変わる読書のことを「古典として読む」と定義し、読書論が展開されていく。
この「古典」が意味するものは、古い時代に書かれており、その価値が認められている作品のことではない。一度読んだだけでは終わらず、捨てられない想いが残り、何度も何度も読み返して、そのたびに新たなものの見方を得ることのできる作品のことを指している。
そう言われれば、大切な本はずっと手元に置いて、何度も何度も読み返し、そのたびに新たな発見がある。それらの本は私にとっての「古典」であるということだ。
「古典」を読み進めるにあたって重要な信念を一言で表しているのが良い。「信じて疑え」。読者である自分と書き手である作者を、まずは信じて読み進める。その結果、沸き上がってくる「どうして自分はこんなふうに読んだのか」「どうして作者はこんなふうに書いたのか」を深堀りしていくことが重要だと説く。
流されるままに読むのではいけない。何度も登場する「本は読むべし、読まれるべからず。」の言葉の意味が、少しずつ心に落ちていく感触があった。
後半は、社会科学における認識手段としての「概念装置」を獲得することを目的とした文章が続く。ものの見方を養うという点では前半と同じ。だが、さらに一歩踏み込んで、自分の眼を補佐をする「自前の概念装置」を得るためのヒントを事例とともに紹介している。
社会科学を志す学生向けの公演が元になっており、社会科学や自然法・実定法の知識があるとより理解が進んだように思う。それでいうと、この本は今の私では実力不足で、まだまだ読み深める余地がある。
これからも、様々なジャンルの本を数多読んでいく所存なので、力がつくたびに何度も読み返して、そのたびに新たな発見がある気がする。つまりこの本は、私にとっての「古典」のひとつになったということだ。
ハヤディール戀記(上)(下)
想像力と妄想力をフルパワーで活用する本を欲して読み始めた、本屋大賞受賞の作者が送る、王宮ロマンスファンタジー。攫われた巫女を取り戻したい一心で、敵と権力と肩書と己とずっと戦い続ける騎士の歩みが丁寧に描かれている。恋愛描写が瑞々しすぎてまぶしい。まぶしすぎて、手をぐっと突っ張って、本と距離を置いて読んでしまう。見てはいけないものを見ているような。恋愛ってキラキラしてるんだなぁ。
しかし、物語が進むにつれ不穏さが増していく。なんだか思っていた話と違うな……?王道ファンタジーだったはずだが……?
悪意によってひとの尊厳が踏みにじられるさまに、はらわたが煮えくり返ってくる。愛する二人が引き裂かれるのもそうだし、命を脅かされ続けるのも、悔しくてずっと怒りがおさまらない。なんでこんな思いをしなければならないのか。気持ちがずっとぐるぐるしている。
ただ、最終決戦はもう少しページを割いてもらえるとよかった。そうしたら、たぶん私の情緒はさらに悲憤に狂っていただろう。とはいえ、迎えた結末には胸がぎゅっとなる。
アリアドネの声
舞台は震災被害にあったスマートシティ。災害救助ドローンを操作して、被災者救助にあたる主人公。ただし救助対象は見えない・聞こえない・話せないの障がいをもっていた。
主人公・高木春生は懸命に救助にあたるなか、兄の死に起因する「無理」「限界」という言葉の呪いとも向き合っていく。
最後の2ページが本当に素晴らしくて、何回でも読み返したくなる。そして、彼女の歩んできた道のりに想いを馳せずにはいられない。
2026年1月に読んだマンガ
メダリスト 14巻
2分半のショートプログラムのなかに、演技のテーマとなる作品の詳細と指導方法とコーチとの信頼関係と勝利に対する熱意を盛り込んだうえで、迫力のあるスケート描写を描き切っている。マンガの構成力がすごすぎる(ここまで早口)。
演技が終わった瞬間、心のなかには、いのりさんと作者にスタンディングオベーションをしている自分がいる。
プリンタニア・ニッポン 6巻
秘密が解き明かされるたびに、「?」が増えるSF(すこしふしぎ)マンガ。ポストアポカリプス的なのにもちもちゆるゆるな世界観。疲れているときに読みたくなる。
「周りなんか…自分が立ってるとこからしか見えないんだ」という主人公の言葉が良い。世界の全ては見えないし理解できないけれど、自分の場所から見える景色が少しでも穏やかであるように。そうやって関わり合いながら生きることは、とても大事なことだと思う。
うるわしの宵の月 10巻
家族に振り回され続ける琥珀先輩が可哀想過ぎる。というか母親は何なの?次男の気持ちガン無視なの?さらにその影響を受けて、先輩とお別れを選択した宵さん。自分の気持ちを抑え続けるふたりなので致し方ないのだろうか。もっと素直になってしまえよ。
大路くんのアプローチが良すぎて、皆さん本当にこれからどうするの…?
恋せよまやかし天使ども 6巻
会社であったイヤなことを全て吹き飛ばすトキメキの嵐だった。令和の恋愛と自律心とエモとトキメキは、すべてこのマンガにつまっている。
登場人物ひとコマひとコマの表情が全部胸にギュンと迫ってくるので、見てるこっちが赤面しそう。感情にふりまわされるさまは可愛くて、でも覚悟を決めるさまは格好良い。青春過剰摂取が過ぎてもはや致死量です。
宇宙不動産ほしの 1巻
宇宙が生活圏となった24世紀が舞台。一人前の不動産屋を目指す主人公・ほしのは、「おうち探しは自分探し」をモットーに、やや難ありのお客様にぴったりの物件を紹介すべく奔走する。
惑星の特徴に基づいて造られた物件や、所々に挟まれる宇宙小ネタが面白い。そしてシュールなギャグも魅力。
お客様が自分にとって一番のおうちに帰れるように、家探しをサポートする主人公の過去がせつない。
2025年1月に観た映画
ズートピア2
ニック・ワイルドのくそでか愛が見れて良かった。ただ、ジュディに対して「きみしかいない」という観点で、そのくそでか愛を抱くのは少し危険に感じる。あいつ、正義感にまみれた猪突猛進ウサギだから、その感情にちゃんと気付けるのかあやしいぜ。罪なウサギだと思う。
まとめる気のないまとめ
1月は、SFをはじめとしたファンタジー系の本が良く読めた。たぶん、現実逃避したかったんだと思う。
