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見てはいけないものを見たいと思ふ心理

瞳の奥、眼底を隈なく観察するために、散瞳さんだい検査というのを受けてきました。

なんのことはない、点眼液をチョチョっとさしていただいて20分ほど待っていればOK。その後、眼科の先生の指示のもと、上を向いたり右を見たり、左右それぞれの目を撮影して終わり。特段、緊急性の高い症状はなく、目ん玉の内部はキレイなもんでした。結局、目薬が処方されただけで帰ってきました。

しかし、この散瞳さんだい状態、ヤバいっス。

瞳が開くということは、普段は無意識に行なっている明暗のコントロールが効かなくなるということです。つまり。カメラでいうところ〝絞り〟がまったく機能しない状態。空は曇天なのに煌々と明るく、雲の切れ間から覗くわずかな青空が、さらに目映く輝いて見えるのです。
自然と目を細めてしまうのですが、それでも視界に入ってくる映像はなんだか不思議。コントラストがやたらと強い、8ミリフィルムの記録映像みたいな世界が目の前に広がっています。
目線を下に落とすと、歩道に引かれた路側帯の白線が、それ自体が発光するかのようにボワッと膨らんでいて。そのアウトラインが青白いオーラを纏っているんです。キモッ、てかオモロッ!

なんかね。視界全体が薄っすら白っぽくて、俗世間を離れて仙境に来ちゃったかのよう。これ、医学的知識を持っていない大昔の人が体験したら、まるで天国に迷い込んじゃったんじゃなかろうか、などと面食らうに違いありません。
焦点ピントは合わないし、眩しいし。歩行に問題はありませんでしたが、とにかく気分までフワフワと軽くなっちゃうほど違和感だらけ。病院からお家までの帰途が、ある意味、楽しいお散歩タイムになっていました。


さて、話は変わりますが。
これからものすご〜くヘンな話をしますよ。いいですか。
べつにドン引きしてもいいけど。

随分と前からわたし。そこかしこにに漂う粒子? 気のようなものが見えるようになったんです。
四六時中ではありませぬ。そうですね、例えばトイレに籠って便座に座っているときとか、風呂場でバスタブに浸かっているときとか。心が落ち着いて、周囲の雑音が気にならない、そんな条件に合致した遮蔽空間にいると、普段は視覚で認知できないような空気のツブツブ、水飛沫みたいなもんまでが、フワフワユラユラ浮かんで動いているんです。

どう見ても、チリとかホコリではないんですな。ましてや我が家の愛猫の和毛が風に舞っているというわけでもない。エアドッグ(空気清浄機)のCMに出てくる、ダニの死骸や花粉がボワッと舞い上がる映像に似てなくもないんですが、もっとこう、なんというか、実体感に乏しい、微小なナニカの群体とその流れ。

あ、飛蚊症ひぶんしょうとも違います。
飛蚊症はね。これまで何度も経験があります。
晴れた日にベランダで空を見上げているとよく起こります。
目を動かすと、それにつられて、糸くずや小さなカエルの卵みたいなのが漂いはじめ、視界の中にフワンと浮かんでは、目で追うと重力に引っ張られるように下へ下へと落ちていきます。で、また見上げると現れて……の繰り返し。
その現象とは明らかに異なるんですよ。もっとエネルギーっぽいナニカが、ゆったりと振動しながら動いている様。重力とは関係なく、ウネウネとその辺りに充満し、蠢いているのです。あ、版ズレした色校正にチラチラと浮きあがる、イエローやマゼンタの点々にも似てるっちゃあ似てる。色はないけど。

これもまた、散瞳と同じような、一時的な状態異常のせいなのかもしれません。
もしくは感覚過敏とか、共感覚とか言われるもの。
共感覚は、文字や音に色が付いて見えたり、複数の知覚を動員するものですからチョット違うか。なんらかの身体機能が過剰に反応したり、バグったりして、本来は見えないものが見えちゃうという現象ではないかと思っています。

これって、霊が見えるとか、人のオーラが見えるとか、凶々しい呪物から黒々とした瘴気がたちのぼっているのが視覚的に分かるとか、そういうのとおんなじ理屈なのかもしれません。
合致したチャンネルの次元レンジがほんのちょっと違うだけで、塵芥が見えることもあれば、それよりもっと微細な空気の流れが見えることもあれば、元来、人の目に映らざる亡者まで見えてしまうことがあるという解釈ができます。

考えてみればですよ。わたしとあなたが見ている青い空だって、同じ青とは限らんじゃないですか。ワンコやネコが青と黄色の2色しか知覚できないのもそう。昆虫が赤から橙〜黄色までの長波長は不得意で、緑や青紫といった短波長がよく見えたりするという話もそう。人によっては色温度が高めに見えたり、粒状感たっぷりに見えたり。そもそも人それぞれ同じものを見ているようで、実は異なる捉え方をしているのかもしれない。銀塩カメラのフィルムで言ったら、コダックのエクタクローム派もいれば、フジのプロビア派もいるっていうことです。

ヘンな話をして御免なさい。
でも……見えるんだからしょうがないジャン(笑)

これって、磨けばもっと、違う何かが見えるようになるのかしら。
願わくば、霊視なんてできなくたっていいから、映画『プレデター』に登場する地球外知的生命体が見ていた赤外線ビジョンの世界みたいに、熱源感知的視覚が体得できたら面白い。あるいは人の病が見えるとか、喜怒哀楽といった感情が見えるとか。怖いけど体験してみたい気もいたします。

なんだか数十年後には、iPS細胞関連の研究がもっとずっと発達して、さまざまな臓器がバイオ3Dプリンターで作れるようになるらしいじゃないですか。費用はパーツ一個につきクルマ1台分程度になるんだとか。そうなると俄然、夢は膨らみます。

人が想像できることは必ず人が実現できるとは、ジュール・ベルヌの言葉。でも、見えなくていいもの、知らなくていいことは、やっぱり知覚できないほうが幸せなのかもしれませんな。

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ash 本はもはやあんまり読まないんですけど。 もし、いただけるのなら本代に使わせていただきます。