焚き火について書きたい③
焚き火が大好きです。
これまでに引き続き、自分にとっての焚き火の快感や楽しみ方、流儀について、求められていなくとも勝手に語らせていただきます。
私にとって焚き火は、
浪費・散財であり、掃除であり、断捨離であり、破壊であり、ゲームです。
【浪費・散財】ということだけれども、
焚き火は、無駄遣い。
大前提として、私はケチです。ドケチです。
小さなカフェを細々と営み、ひもじさに慣れ親しんでいるような人間ですが、吝嗇家としての気質はその前から生まれ持ったものかもしれません。
我が家は薪ストーブで冬の暖をとっている為、基本的に薪はストーブで焚くための燃料なのです。
薪を用意するのは非常に手間のかかることでして、
・木の処理で困っている人の情報を入手する。
・木の持ち主に交渉して伐採させてもらう。
・伐倒した木を、丸太にして運び出す。
・重い丸太をトラックに載せて自宅へ運ぶ。
・重い丸太をトラックから降ろす。
・丸太を割る(斧or薪割り機)
・薪を棚に積んで保管する。
・乾燥させる。(我が家のような日照不足の土地では3〜4年)
・薪を棚から室内へと運ぶ。
・薪ストーブで焚く。
これでやっと、冬の凍死を防ぐ熱源になるのです。薪を1束用意する為に、一体どれだけの労力と時間がかかることか!!
なので本来、薪ストーブで焚くことすら極めて贅沢に感じているような超貴重な燃料を、
全く部屋を暖めること叶わずに、屋外であっという間に燃え尽きてしてしまう焚き火に費やすなんて、死ぬほどの贅沢な訳です。
浪費です。
散財です。
・・だからこそ、快感がある。笑
無駄遣いって、贅沢感、背徳感、ヤバいです。
お金の無駄遣いはできないから、たまには思い切って、薪の無駄遣いをするのです。

といっても、根っからケチな自分は、1人の時はなかなか贅沢ができない。
なので、友人が集まった時なんかは、ここぞとばかりにガンガン燃やしてしまう。

特に贅沢だな〜と感じるのが、
丸太をそのまま丸ごと燃やす【スウェディッシュトーチ】です。
・・だってさ、この丸太さ、割って薪にしてさ、部屋ん中で薪ストーブで焚けばさ、1日分の暖房になるじゃない。。
そう、ケチな自分が囁き続けているのを振り切って、点火!!



お金の無駄遣いともまた違って、
物理的に、目の前の大きくて重たい物質が、燃えて消えていく、、
買い物のように何かと交換されることなく、ただ消えていく、、
こんな具体的な浪費の感覚、たまりません。
薪をお金で買っていたら、また違った印象になってしまうかもしれません。
他にも、浪費・散財として贅沢感のある焚き火は、とにかく大きなものを燃やす時。


薪は、孤独では燃焼することができないから。

このように大きなものを焚く時は、
質量として大きなものを無にする、浪費感、贅沢感は当然ありますし、
そして、これだけの大きさのものを焚き続けるには、それこそ1日中かかるのです。
時間をかける、という贅沢感にも繋がっています。
朝から晩まで、ひたすら巨大な丸太が燃えて消えていくのを見守るだけの1日。
贅沢でしょう?
無駄遣いでしょう?
僕は、焚き火が大好きです。
無駄遣いが大好きです。
