なぜ施設より里親の方が良いのでしょうか? ~その4~
政府はそれまでの施設養護から大きく舵を切り、「家庭養護」を推進するようになりました。最終的には「的」が入り、「家庭的養護」になりましたが。さて、なぜ家庭的養護を推し進めるようになったのか、里親委託を推進するようになったのかを考えています。今回は、前回に引き続き、社会的養護の施設について紹介していきます
児童養護施設の歴史的背景
身寄りのない子どもたちのための施設は、江戸時代や、もっと古くからいろいろな形で開設されたり、行われたりしていました。食事や住居を与えて子どもの命を守るということですが、ただ仕事をさせるために面倒をみたり預かることもあったようです。
施設の前身 孤児院と育児院
児童養護施設や乳児院の前身ということでは、近年1879年(明治12年)に東京に作られた福田会育児院や、1887年(明治20年)に石井十次が作った岡山孤児院の名前があげられます。
福田会は、1876(明治9)年3月、臨済寺住職の今川貞山氏らが仏教上慈悲の旨趣に基づいて、仏教諸宗派協同で福田会育児院を設立、運営を始めました。明治維新期の混乱の中で、生活苦から堕胎・間引き等が行われており、貧困家庭の児童の救済は急務だったということです。
現在福田会は渋谷区広尾に移転して、現在は、児童養護施設「広尾フレンズ」などを運営していています。
(人間科学部教授 宇都榮氏の「福田会育児院史研究 「家族とともに暮らすことのできない子どもの暮らしの保障を考える」と福田会WEBを参照しました。)
また岡山孤児院は、石井十次が1887年(明治20年) 岡山県の診療所で男児を預かったことから、「孤児教育会」(後に「岡山孤児院」と改称)として救済事業を始めました。キリスト教の関係者や医学校の同窓生を中心に資金を募ったといいます。その後、1891年(明治24年)に起きた岐阜県美濃地方、愛知県尾張地方を襲った濃尾地震(名古屋地方)の被災児93人を救済、また1906年(明治39年)の東北地方一帯の冷害による大凶作では、多くの農家が破産や離散状況となり、825人の児童を岡山に送り保護し、その年の孤児院の児童数は1200名にも達したということです。
現在は社会福祉法人石井記念友愛社として児童養護施設や乳児院などを運営しています。
社会福祉法人石井記念友愛社のWEBを参照しました。
児童福祉法の成立と養護施設の誕生
そして、1947年(昭和22年)の終戦後に児童福祉法がはじめて成立し、それまでの「孤児院」「育児院」が「養護施設」「乳児院」となりました。さらに、1997年(平成9年)に児童福祉法改正で「児童養護施設」と改称されました。
つまり終戦後、主に戦災孤児のために施設がつくられたり活用されたりしていた面があるわけです。以前見たドキュメンタリー番組では、小学生かそれより幼い子どもたちが上野駅の地下道で大勢寝ていて、翌日隣に寝ていた子どもが餓死していたなどが紹介されていました。野犬狩りのように浮浪児(当時の表現)をトラックで収容している映像もありました。こうした子どもたちのために、雨風を避けて寝ることができて、食べるものを提供することを目的に、最低限の衣食住を提供できる場所として篤志家が施設を造ったという面があるので、まずは大人数を収容できる大舎からできてきたのは自然な流れだと思います。
ですが時代は移り変わりました。現代は昔のような形での食事や寝るところに困るケースは少ないものの、安心・安全に過ごすことができる環境が必要です。虐待を受けていた子どもや両親の離婚や死別などの逆境体験をしてしまった子どもたちが、心落ち着いて生活し、教育を受けて将来自分でしっかりお金を稼いで税金を支払い、自立できる人になるように養育すること。この重要な役割を担っているので、社会的養護は、安心安全がよりえられる環境ということで「施設は大舎から小舎へ」、「施設から里親へ」と、家庭的な養護が求められるようになっているのです。
大舎、中舎、小舎 施設の入所人数
鉄パイプのベッドが10台以上並ぶ部屋
これまで大舎制といった言葉が何度か出てきましたが、児童福祉施設は、生活する子どもたちの人数によって5タイプに分けられます。20人以上が一緒に暮らす大舎制、13~19人の中舎制、12人以下の小舎制、4~6人定員の小規模グループケア(分園型)、4~6人定員の地域小規模児童養護施設(グループホーム)、があります。グループホームは一般の住宅を利用した施設になり、家庭的な生活を営むことができます。

2014年5月に発表されたヒューマンライツウォッチ(以下HRW)の報告書 「夢がもてない―日本における社会的養護下の子どもたち―」には、「児童養護施設を運営する法人の半数以上が定員20人以上の施設で子供たちを養育しており、100人を超える定員を有する施設が30か所ある」とあります。報告書には施設の写真も掲載されていて、鉄パイプのベッドがズラリと並び、自分の持ち物を置くスペースは殆どないようなところで生活している光景がありました。
以前、特別養護老人ホームを取材しましたが、同様に鉄パイプのベッドで高齢者の方々がうつろな目で、寝ているのか起きているのかわからない、どんよりした雰囲気のところがありました。寝たきりで起き上がることも厳しい感じでしたから、、、それでも、ちょっと気の毒だなと思いましたが、子どもたちに同様の環境というのはちょっと問題だと思います。
大人数の子どもがいると職員の目も届きにくくなり、年上の子どもが年下の子どもにいじめや暴力を振るったり、性的ないたずらをしたりなどもあり、子どもたちが物理的にも精神的にも落ち着いた生活が出来ないことがままありました。また職員による暴行などの虐待もあり、事件化したケースも見られました。
前述のHRWの報告書にも、
「多くの施設が大規模であることも問題を増幅している。(中略)プライバシーが守られる場所がほとんどなく、フラストレーションがたまる生活を強いられている上に、過去の家庭内虐待で受けたトラウマなども原因となって、施設の子ども同士の暴力やいじめも発生している。施設で暮らさざるをえないことを劣ったことと捉える感覚ゆえに、子どもたちが施設で暮らしていることを理由に学校でいじめられることもある。」と記されています。

ご覧のように厚労省の上記資料によると、2008年(平成20年)では全体の7割以上が大舎制でした。
家庭的養護に対応するための施設の変化
HRWの報告書からは10年が経ち、2016年の児童福祉法の改正で家庭的養護を推進することが規定されたので、大舎が多かった児童養護施設では急ピッチで小規模化を推進するようになりました。リフォームをして施設内を小規模に分けてユニット化して4~6人のグループケアとしたり、近所の家を借りてやはり4~6人のグループホームにしたりするなど、小規模化に向けて変化が起きています。
また現在は、1室の定員が4人以下となったので(乳幼児は6人以下)、以前よりは良い環境となったといえるかもしれません。ですが、多感な時期の中高生には個室が欲しいところですね。
ただ施設を小規模化することは、それだけ職員が多く必要になるということです。職員の人員確保と運営と、施設の改修と、コストなども嵩み運営が厳しくなっているケースもあるようです。年長児童のために個室を用意できる施設とできない施設と、施設ごとに事情が異なるようでした。
2021年頃から「親ガチャ」という言葉が社会的にも取り上げられました。親や家庭環境が子どもの人生に大きな影響を与えるにも関わらず、「子どもは親を選べない」ということで、経済格差や毒親といったことと合わせてユーキャンの新語・流行語大賞のトップ10にも選ばれました。
同様な意味合いで施設で養育されている児童の間では「施設ガチャ」という言葉もあるようです。施設の設備や環境、規則、そして何よりも職員の皆さんの子どもたちへの愛情や意欲などが相まって子どもたちに影響を及ぼします。良い施設では子どもたちの意欲も刺激されて成績も伸びる一方で、悪い施設では施設内でのいじめや虐待などでさらに辛い思いをするかもしれないのです。
ただこれは、里親についても同様のことがいえるのではあります。
さて、次回は、どんな施設が必要なのかについて考えていきます
