【読書感想文】『白鳥とコウモリ』東野圭吾著
こんなミステリは読んだことがありません。
最後のページを読み終えた時、知らぬ間に涙が溢れてきました。
2017年東京で起きた弁護士殺人事件。
ひとりの男が自供し、事件は解決したかに見えましたが、男は1984年に愛知で起きた殺人事件も自分がやったと告白します。
捜査が進む中、違和感を覚えた二人の人物がいました。
それは被告人の息子と、被害者の娘でした。
この本がこれまで読んだどのミステリとも異なると感じたのは、主人公が犯人でも刑事でもなく、被害者と加害者の子供であることでした。
立場的には相反する場所にいる2人。
しかし容疑者の自供により語られる被害者像は、被害者の娘からは違和感があり、父がそんなことを言うはずはないと思う。
一方容疑者である男の息子も、その言動が父らしくないと違和感を覚える。
検察も弁護士も、もう裁判のことしか頭になく、事件は自供によって解決し、あとは裁判で量刑を決めることにしか意識が向かない。
当事者の家族たちが願うのは真実なのに、二人の声は彼らには届かない。
本来ならお互いは、憎むべき相手、謝罪しても仕切れない相手であるはずだが、やがて二人は真実を自分たちの手で知ろうと互いに協力をするようになっていきます。
今まで、こんなミステリがあったでしょうか。
被害者であろうと、加害者であろうと、今はネットという媒体を通じて見知らぬ誰かが容赦なく身元を公開し、言いたいことを言ってくる時代。
歪んだ正義感で、無責任に他人のプライバシーを暴露し、容赦なく叩きのめそうとするありようには、背筋が寒くなります。
それは決して他人事ではなく、明日我が身に降りかかるかもしれないことなのです。
事実とか真実なんで彼らにはどうでもいいこと。
他人の不幸は蜜の味。
ネットで好き勝手をいう輩は、みな無責任に持論を展開し、容疑者のみならず被害者家族まで叩き始めるのです。
もし、ある日突然自分の家族がどこかの橋の下で遺体となって発見されたら、なぜそんなことになったのか、どうして殺されなければならなかったのか知りたいと思う。
少なくとも私はそう思う。
もし親が殺人犯だと告白したら、やっぱり私には信じられない気持ちの方が大きいと思います。
日頃から暴力的な要素が垣間見えたというならまだしも、穏やかな人柄であったとしたら、なぜ殺人などという大それたことに手を染めることになってしまったのか、本当に人を殺めたのか、その全てをつぶさに知りたいと切実に思うでしょう。
小説から感じたのは、検察も弁護士も真犯人とか被害者が殺された理由など、犯人が逮捕された時点からどうでもいいことになってゆくようだったことです。
結末を知ってから、弁護士が殺された場所から何かしらの足がかりが出てもよさそうなことに気づきますが、些細な違和感さえ忘れてしまうほど、読んでいる最中は展開が気になってしまいました。
被害者や加害者ではなく、その家族に焦点が当たったこの物語。
もしかしたら加害者本人よりも家族の方がずっとつらいだろうということをしみじみと感じさせる物語でした。
遺された家族はずっと、殺人者の家族というレッテルを貼られ、自分たちが誠実に真面目に生きていても、事件以後は自分たちの言動ではなく「殺人者の家族」という目で見られ、それまで築いてきた信用すら失ってしまう。
被害者であってもネット上の心無い第三者から「本人にも殺されるようなことをしたのではないか」という心無い言葉が投げつけられる現代。
2017年に起きた事件がきっかけで、とっくに時効となった33年前の真実が明らかになるのですが、当時は殺人事件にも時効がありました。
時効となったから罪が消えるわけではない。
しかしもう法で裁かれることはない。
善悪の境界線、罪と罰、被害者遺族と加害者遺族。
善良な顔の裏にあるもの。罪の隠蔽と贖罪。
この事件の真相を知ったとき、この問題は私たち読者を迷宮へと引きずり込みます。
人間はもしかしたら一生この問題と向き合い続けなければならない、それほどまでに深く難しい問題であることを突き付けているのかもしれません。

最期まで読んでいただき、ありがとうございました。
この本は作家生活35周年記念作品です。
2026年9月に映画化されるようです。
松村北斗さんと今田美桜さんがW主演で、三浦友和さんが松村さん演じる倉木和真の父親役であり容疑者として浮上した男・倉木達郎を、中村芝翫さんが今田さん演じる白石美令の父で、殺された善良な弁護士・白石健介を演じるそうです。
本の中の弁護士の娘と今田美桜さんのイメージは私の中では全く一致していません。私のイメージでは凛とした芯のある女性のイメージで、今田さんは可愛すぎる印象ですが、演技力で私の貧困なイメージをひっくり返してくれることを期待しています。
どんな映像になるのか楽しみです。
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