被災地の外にいる者の責任――熊本地震から考える九州という共同体
災害が起きた時、遠く離れた場所にいる個人にできることには限界がある。
それでも、ふるさとが苦境に立たされた時、「何かできないか」と思う気持ちは簡単には消えない。
今回の地震報道を見ながら、私は10年前の熊本地震のことを思い出していた。
2016年、熊本を大きな地震が襲った。
私は何度も現地へ足を運んだ。
ブルーシートを届けたり、被災した地域の状況を見たりした。自分一人にできることは小さなものだったが、それでも故郷のために何かしたいという思いがあった。
しかし、その時に複雑な気持ちになった経験もある。
被災地へ向かう途中、買い物客による渋滞に巻き込まれた。
もちろん、生活物資を求める人たちを責めるつもりはない。誰もが不安な状況の中で、自分や家族の生活を守ろうとしていたのだと思う。
ただ、外部から支援に向かう車の一台として、「自分の行動は本当に被災地のためになっているのか」と考えさせられた。
災害支援は、善意だけでは十分ではない。
必要な場所に、必要なものを、必要なタイミングで届ける。
その仕組みこそが大切なのだと、あの時感じた。
今回の地震では、私の実家がある熊本市よりも、宇城市や八代市などの被害が大きい地域がある。
そして、私の家の墓がある氷川町も大きな被害を受けた。
現地の状況を見て、改めて自然の力の恐ろしさを感じた。
墓石が倒れ、周囲が壊れている光景は、地震というものが人間の想像をはるかに超える力を持っていることを物語っていた。
10年前の経験があるからこそ、今回特に心配していることがある。
それは、避難生活による関連死である。
地震による直接的な被害だけではない。
真夏の避難所生活では、暑さ、脱水、睡眠不足、持病の悪化など、高齢者を中心に大きな負担がかかる。
熊本地震でも、発災後の避難生活が多くの命に影響を与えた。
だからこそ、被災地の中だけで全てを抱え込まない仕組みが必要になる。
そこで重要になるのが、九州の中核都市である福岡市の役割だと思う。
福岡市は九州最大の都市である。
しかし、その発展は福岡市だけの力で成り立っているわけではない。
九州各地から人が集まり、食料や資源が運ばれ、観光や産業の交流がある。
福岡市は、九州という大きな後背地があってこそ存在している都市でもある。
だからこそ、有事の際には九州を支える「後方支援都市」としての役割が求められる。
例えば、
冷房設備の整った大規模施設への一時避難。
ホテルなどを活用した高齢者や要配慮者の受け入れ。
医療機関による支援。
物資を集約し、被災地へ効率的に届ける物流拠点の整備。
九州各自治体との広域避難体制づくり。
こうした準備は、災害が起きてからでは遅い。
平時から備えておくべきものだ。
九州の他の地域に住む人たちに、必要以上に自粛してほしいとは思わない。
災害が起きたからといって、地域の経済や日常まで止める必要はない。
むしろ、経済が動くことも復興の力になる。
ただ、その中でできる支援はある。
被災地の商品を買う。
必要な場所へ寄付をする。
現地の状況を知る。
機会があれば訪れる。
それぞれができる範囲でいい。
大切なのは、被災地を忘れないことだ。
九州は、それぞれの地域が独立しているようで、実は深くつながっている。
熊本も、八代も、福岡も、九州という一つの地域社会の中にある。
災害の時だけ助け合うのではなく、普段から支え合う関係を築いておくこと。
それが、次の災害への本当の備えになるのだと思う。
被災地の外にいる者にも、できることはある。
小さな力でも、それが集まれば大きな支えになる。
故郷の苦境に向き合うことは、同時に日本の未来を考えることでもある。
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