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【アーカイブ】 現代アートで多発してきた展示中止、作品拒否・撤去などの事例|現代アート表現における自由と自律 〔2019年雑誌寄稿記事転載〕

■ 2019年8月に発生した「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」展示中止事件。これを受けて、雑誌「創」及び朝日新聞出版「Journalism」に寄稿した拙稿の再録です。
 私が当該事件の発生以前に類似の検閲事例を収集・研究していた蓄積を踏まえた記事になっています。私のかつての職業上の専門である放送法に関する知見を参照点に、今後どうするべきかの処方箋も記事中で提案しています。


寄稿した雑誌「Journalism」2019年11月号(承諾番号25-2013)、「創」2019年10月号

〔記事1〕『多発する美術作品の撤去・中止事件|10年前から展示拒否や撤去は多発していた』:2019年10月寄稿記事

※ この記事は、雑誌「創」2019年10月号 特集「表現の不自由展・その後」に筆者が寄稿した記事に最低限の修正を加え転載しました。(同編集部承諾済み)
 なお、筆者は下記noteのとおり、表現の不自由展事件が発生する以前から現代アートにおける検閲事例を研究しており2018年1月に一部研究者間でその成果を発表しています。それが同誌関係者の目にとまったことにより寄稿に至ったものです。(画像は筆者撮影。太字及び下線部のリンクは今回の転載に当たって付け加えた。)

 直近10年間で美術作品が撤去、改変、中止、展示拒否されるなどの事例が多発している。その最大の事件が今回のあいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」展である。だが、ここ10年間、全国各地でこの大噴火の前兆のような中小の噴出が繰り返されていたことはあまり知られていない。
 別表に列挙した27事例は、発生当時マスメディアに取り上げられたものも多い。ただし現代アート関係者以外では、そのほとんどの事例は忘却されているのではないだろうか。経緯や規模、態様は多様であるが、それを撤去などされた理由で分類しながら掲げてみる。

2022年に国立市「くにたち市民芸術小ホール」で開催された「表現の不自由展」の周辺状況

1-1 公的な美術館などで起こった事例が3分の2

 27事例のうち、国や自治体の美術館で、または国や自治体の資金が投入された展覧会で撤去、中止などとなったものが18事例、約3分の2にのぼる。さらにこのうち政治的理由によって美術館側・主催者側の不当な介入を受けたものが11事例、約6割を占める。事例を年度順に紹介する。
 2009年、「アトミックサンシャインの中へ in 沖縄 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」展では、同展が独立キュレーターの企画したニューヨーク、東京を経た巡回展でそれまで特に問題なく開催されたにもかかわらず、沖縄県立博物館・美術館に巡回の際、大浦信行《遠近を抱えて》が館長の判断により出品拒否された。
 2012年、東京都美術館で貸館展として開催された「第18回JAALA国際交流展」で、キム・ソギョン&キム・ウンソンの慰安婦をテーマとした《少女像》等が、東京都美術館の運営要綱「政治・宗教活動をするためのものと認められる場合は施設の使用を承認しないことができる」との規定に抵触すると判断され、撤去された。
 2013年、千葉県立中央博物館における日本サウンドスケープ協会の「音の風景」展に出品された永幡幸司の作品のキャプションが作者の同意なしに改変された。
 2014年、東京都美術館で貸館展として開催された「現代日本彫刻作家展」で、中垣克久の作品は、総理の靖国参拝や政府の右傾化を批判する文言が入っていたことから、東京都美術館の運営要綱「政治・宗教活動をするためのものと認められる場合は施設の使用を承認しないことができる」との規定に抵触すると判断され、美術館の副館長と学芸員から撤去要請を受け、この部分を撤去した。
 2015年、広島市現代美術館の企画展「ふぞろいなハーモニー」展におけるリュー・ディン(刘鼎 Liu Ding)の作品は、中国政府の輸出許可が出なかった上、作家がデータを送りそれを美術館がプリントアウトするという作家の提案を美術館が拒否したことから展示できなかった。
 2016年、東京都現代美術館の企画展「キセイノセイキ」展で藤井光と小泉明郎の作品が展示できなかった。藤井光は《爆撃の記録》に使用するため、計画が凍結されている仮称東京都平和祈念館の資料を借用しようとしたが、許可されずキャプションだけの展示となった。小泉明郎の天皇をモチーフとした《空気》は展示できず、付近の私立ギャラリーで展示した。
 2016年、府中市美術館の企画展「新海覚雄展」では、開幕直前になって担当学芸員が上司から「内容が偏っており公立美術館にふさわしくないので、中止の可能性も含めて再検討せよ」と見直しを指示された。ただし、当該学芸員がフェイスブックに投稿したこともあってか、予定どおり開催された。
 2017年、沖縄県うるま市で行われた地域アートプロジェクトで展示された岡本光博の《落米(らくべい)のおそれあり》が開幕直前、地元の反対でベニヤ板で覆われた。

 このほか公的施設での展示ではなく私設ギャラリーでも、政治的理由によって施設側の不当な介入を受けたものが1事例ある。2012年、新宿ニコンサロンで安世鴻の「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」展の開催が予定されていたが、ニコンサロン側が右翼のクレームを過剰に恐れ、一方的に開催取りやめの通告を受けた。作家は東京地方裁判所に訴え、仮処分申請が認められ、写真展は一転して予定通り開催されたが、大阪への巡回展は開催されなかった。

1-2 政治的理由による不当な介入の典型的2事例

 公的施設、公的資金が使用された展覧会で、政治的な理由によって不当な介入を受けた事例としては、今回のあいちトリエンナーレ以外で比較的大きなものは2つある。これらについて詳述する。
 2015年、東京都現代美術館の企画展として行われた「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展に出品された会田誠の2つの作品が、開幕後、美術館のチーフキュレーターと企画係長から撤去または改変要求を受けた。作品は、会田誠の家族とともに作成した垂れ幕状の作品《檄》と映像作品《国際会議で演説する日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》である。会田誠のブログによると、きっかけは美術館友の会会員のたった1名からのクレームと、東京都庁のしかるべき部署からも要請が来たためだという。都庁の部署名は明かせないと拒否されたという。会田誠は、この要求の不当性をただちにブログで発信した。その効果もあったのか、展示はその後もそのまま継続された。

会田家《檄》2015
会田誠《国際会議で演説する日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》2015

 2017年、群馬県立近代美術館の企画展「群馬の美術2017 地域社会における現代美術の居場所」に出品された白川昌生(よしお)の作品に対し、開幕直前にこの作品を問題視した県庁職員が撤去を要求し展示取り消しとなった。作者の白川昌生のトークによると、開幕日前日夕方、担当学芸員から電話があった。「大変なことになった。撤去になるかもしれない。自分では判断できないレベルになっており、館長まで上がっている。夜の8時には東京から館長が来て群馬県庁の人と会議がもたれる」とのことだった。
 9時半ごろになって、再び電話があり、「館長の判断により撤去することになった。理由は作品のモチーフの群馬県朝鮮人強制連行追悼碑は係争中であり、政治的に偏りがあるからダメだ」という。対案は考えてはいたが、ゴネても担当学芸員が間に挟まれて叩かれて人事的に飛ばされたりするだけだと思い了承したという。
 なお、白川昌生は2000年代初め頃からモニュメントをモチーフとした作品を作っており、長崎の原爆投下のモニュメントなどを制作してきた。この時のものも単なる思いつきの作品ではない。群馬のこのモニュメントをモチーフとした作品も2015年に東京の私立ギャラリーで、2017年2月には鳥取県立博物館で鳥取大山町所子村忠霊塔などをモチーフとした作品とともに展示されており、特に問題となっていなかった。

1-3 わいせつ、性的表現が不当な介入を受けた事例

 わいせつは従来から映画や小説、写真分野では多数、問題となっていた。美術分野でこの10年、作品がわいせつ、もしくは性的表現が行き過ぎだと批判等された事例は次の4事例である。
 2012年、森美術館の企画展、会田誠の個展「天才でごめんなさい」展は、一部の作品についてゾーニングされていたものの、性暴力・児童ポルノであるとして、NPOから抗議を受けた。美術館側が見解を公表し展示はそのまま継続された。
 2014年ろくでなし子事件は、作家自身の局部をモチーフにした作品を制作したもの。同年7月と12月の二度にわたって警察により逮捕された。3Dデータの配布はわいせつ物頒布等の罪で有罪、作品《デコまん》の配布に関してはリアルさがないとして無罪が確定した。
 2014年、愛知県美術館の企画展「これからの写真」展における鷹野隆大の作品は、開幕後、匿名の市民からの通報を受けたという警察がわいせつ物陳列罪に触れるおそれがあるとして警告し撤去を指導した。美術館は作家と協議して作品の一部を紙と布でおおって、展示を再開した。
 2019年、新潟県燕市にある国上寺が設置した木村了子の官能的な日本画の扉絵に対して、市の教育委員会が市の文化財の無許可の改変であるとして原状回復を指導するとともに、地元の小学校に対し児童に不適切として見学自粛を要請した。寺は変更申請を提出したが、住職は許可されなければ文化財指定から外していただいて構わないとコメントした。

 わいせつとされたこの4事例の中で、比較的大きな事例について詳述する。2014年、愛知県美術館の企画展「これからの写真」で、出品作家のうちの一人、鷹野隆大の《おれと》シリーズが展示された。鷹野自身を含む男性ヌードのシリーズ作品のうち、性器が写っているものについて愛知県警察からわいせつと判断され、撤去を指導された。この経緯は、同美術館の紀要に詳しく記載され、同美術館のウェブサイトにもアップロードされている。裁判となったもの以外では、こうした事案が詳細に情報公開されることは極めて珍しい。
 開幕1週間後の8月8日、愛知署の署員2名が、匿名の市民わずか1名の通報を受けたと突然美術館を訪れ、展示作品を撮影し、判断は追って連絡すると帰っていった。3日後の11日、愛知県警察から電話があり、わいせつ物陳列罪に抵触するおそれがあるとして即時撤去の指導を受けた。美術館側は応じられないと抵抗したが、すでに結論は出ているとの返事だったので、急きょ、作家を含めて協議し、性器が写っている作品の一部分を布や紙で覆い13日から展示を再開した。単純に該当作品を撤去しなかったのは、警察からの不当な介入があったことを見えなくするのではなく、可視化する意図があったという。
 なお、美術館側としては、準備段階で過去の事例を十分に踏まえて展示については慎重な配慮をしている。作品は別室にして入口をカーテンで仕切った。その前に中学生以下のみの鑑賞は制限する等の表示もし、監視員も配置していた。いわゆるゾーニングを行った。

 なお、性的表現に関連する事例として、2018年、京都造形芸術大学の東京キャンパスにおいて開講された社会人向け公開講座で、会田誠と鷹野隆大らの連続講座の受講生が、大学が環境型セクハラの対策を十分にしなかったとして、大学を提訴した事例がある。これは、美術館と教育機関という違いはあるものの、ゾーニングの問題とも関連した特異な事例といえる。

1-4 市民とのトラブル等その他の理由によるもの

 一般市民から苦情が寄せられ、市民感情を配慮して撤去されたものが3事例ある。
 2008年、アーティストグループ「Chim ↑ Pom」(チンポム)は、広島市現代美術館で開催予定の個展の作品制作のために、広島の青空に飛行機雲で「ピカッ」という文字を描いたことが市民からの苦情を受け、個展が取りやめになった。
 2017年札幌国際芸術祭の一会場のゲストハウスでの展示において、アーティスト・企画者側の作品管理不備、意思疎通不足により、展示場所を提供したゲストハウスのオーナーが展示継続を拒否し、会期途中で撤去となった。
 2018年、福島市長の要請で同市の教育文化複合施設「こむこむ館」前に設置したヤノベキンジ《サンチャイルド》が、市民から風評被害を広めるなどと批判され、1カ月あまりで撤去された。

 一方で、法令違反若しくは倫理的に問題とされたものが6事例ある。
 2011年、東日本大震災直後の5月1日、Chim ↑ Pomが渋谷にある岡本太郎の《明日の神話》に原発事故を描いた絵を継ぎ足した。警察により撤去された後、軽犯罪法違反の疑いで書類送検された。
 東京都写真美術館で2007年に展示されたタイの性風俗従業員を撮影した作品が、実は無断で撮影されたものであることが2014年になってWeb上の作者へのインタビュー記事によって判明し、批判が起きた。
 2015年、大阪や京都の市街地の道路標識にストリートアートと称してハート形や人型のステッカーを貼ったアーティストが、同年1月、道交法違反の疑いで逮捕された。
 2016年、京都市立芸大ギャラリー「@KCUA」(アクア)で、丹羽良徳が《88の提案の実現に向けて》というワークショップ形式の作品を発表した。そのうちの1つ「デリバリーヘルスのサービスを会場に呼ぶ」の実現を検討するワークショップを開催したところ、実際に実施すれば人権侵害が発生すると美術関係者を中心に大きな批判が起きた。
 2017年、六本木の私立ギャラリーで「なかのひとよ」という覆面アーティストが行った「ブラックボックス」展で、真っ暗な展示室内で痴漢が発生し、被害者が提訴した。
 2018年、国立新美術館で「東京五美術大学連合卒業・修了制作展」の搬入時に、一部の作品が美術館側から肖像権侵害と外国人及び人種差別への抵触とされて撤去された。

 なお、その他の理由で撤去・改変された事例も1事例ある。
 2018年、NTTインターコミュニケーションセンターで開催された企画展で出品アーティストの一人、吉開菜央の映像作品不快な表現があるとしたセンター側の要請で作品の一部が黒味で消されて放映された。

1-5 表現の自由を守るために何が必要か

 この10年間の特徴をひとことでいえば、公権力側からもしくは美術館側から不当な介入を受けたというだけの単純な事例ばかりではないということだ。美術館側が市民のクレームに対し過剰に対応したり、あるいは公権力に忖度し自主規制したりすることが続発している。それに加え、今回のようにWebで扇動された市民の排外的、差別的感情がきっかけとなって美術表現を抑圧することになる事例が発生した。これらのことがそれ以前との決定的な違いである。
 今回のあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」展の事件は、起こってはならない出来事だったことはいうまでもない。だが、今まで表現の自由への侵害が繰り返されてきたことが広く市民に知られず、議論にもならなかった危機的状況が、逆説的にも広く市民に知られるきっかけとなったともいえる。これを奇貨として冷静な議論がオープンな場で継続して行われることを期待したいし、筆者自身も一市民として不断の活動を続けていきたい。(敬称略)

別表:現代アート作品が、撤去、展示中止等された事例(最近10年間)

■ なお、創出版などが主催で2019年8月22日に都内で開催した緊急シンポジウム『「表現の不自由展・その後」中止事件を考える』にも参加させていただきました(ひとつ目のサイトには動画もあります)。
 また、2019年10月31日にはNPOアート&ソサエティ研究センターで緊急レクチャーをさせていただきました。


〔記事2〕『現代美術の自由と自律を確保する道は|最近10年間の事例から展望する』:2019年11月寄稿記事

※ 下記記事は、朝日新聞社の雑誌「Journarism」2019年11月号 特集「”不自由”な国・日本」に筆者が寄稿した記事を転載したものです。(承諾番号25-2013。朝日新聞社に無断で転載することを禁じる)
 筆者は既述のとおり、表現の不自由展事件が発生する以前から現代アートにおける検閲事例を研究しており2018年1月に一部研究者間でその成果を発表していたもので、それが同誌関係者の目にとまったことにより寄稿に至りました。(画像は筆者撮影。太字及び下線部のリンクは今回の転載に当たって付け加えた。)
 なお、前述の雑誌「創」の記事よりは紙幅の関係でやや詳細になっており、また意見部分が多くなっています。

 この10年、現代美術作品が公権力によって不当な介入や干渉を受け、撤去や中止、改変などに至る事例が相次いでいる。憲法第21条で保障される「表現の自由」の根幹に関わるこの問題に、私たち市民、社会、そしてメディアも、残念ながら、正面から取り組んできたとは言いがたい。それが今回のあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の中止という結果を生みだしたともいえる(その後、10月8日に再開)。過去の具体的な事例を紐解きながら、その問題点や今後どう取り組めばよいのかなど、研究者の立場から考察した。

2-1 相次ぐ作品撤去と展示中止

 本文末の別表は、最近10年間の事案を書籍や新聞報道、美術評論家連盟、「表現の不自由展」などの団体の資料、インターネット等の情報をもとに丹念に積み重ね、まとめたものである。
 主なものとして列挙した31事例は、経緯や規模、態様は様々である。大別すると、議会や自治体など公権力からの不当な介入による「政治的な理由」により撤去等に至ったものが13事例と最も多い。続いて多いものは、わいせつ・性的表現が原因の7事例である。
 中には、アーティスト側の倫理規範意識の希薄さに起因するものも少なくない。他者の人権を軽視したものや明確な法令違反など、擁護しようがないと考えざるを得ない事案もある

2-2 「戦後最大」の検閲事件

 取り上げた31事例より前だが、美術分野の戦後最大とも言える検閲事件は、1986年に富山県立近代美術館で起きた大浦信行の作品《遠近を抱えて》をめぐるものである。昭和天皇などをコラージュした版画作品14点の連作で、そのうちの10点が「86富山の美術」に展示された。開催中は何事もなかったが、会期終了後、県議会で批判を受けた。それを報道で知った右翼団体や神社関係者が圧力をかけ、美術館は秘密裏に作品を売却、図録を焼却し、図書館は図録の閲覧・貸し出しを禁止にした。1994年、大浦と有志が県を相手に、作品の特別観覧と買い戻し、図録の再版を求めて提訴したが、2000年に最高裁で原告が敗訴した。判決は、右翼団体による街宣活動などによって県立美術館の管理運営上の支障を生じる蓋然性を認め、正当な理由があるとして請求を退けた。

2-3 都現代美術館の会田作品

 31事例の中から政治的な理由による2事例を紹介する。
 2015年、東京都現代美術館の企画展「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」(会期:7月18日~10月12日)の開幕直後、出品者のひとり会田誠は、美術館の担当学芸員の上司であるチーフキュレーターと企画係長から、二つの作品の撤去か改変を求められた。一つ目の作品《檄》は、会田が家族とともに作成した垂れ幕で、文科省に物申すとして学校教育に対する日常的な不平不満が書かれている。二つ目の映像作品《国際会議で演説をする日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》は、会田自身が総理大臣をたどたどしく演じている。会田のブログによると、きっかけは1人の美術館友の会会員のクレームと、都庁のしかるべき部署からの要請だったという。部署名は明かせないと拒否された。会田は、要請の不当性をただちにブログで発信した。その効果か、展示はそのまま継続されたが、美術館側からの説明はいまだにない。

2-4 群馬県の美術館の白川作品

 二つ目の事例は、2017年、群馬県立近代美術館の企画展「群馬の美術2017 地域社会における現代美術の居場所」(会期:4月22日~6月25日)で出品者のひとり白川昌生の作品《群馬県朝鮮人強制連行追悼碑》が撤去された事案である。以下はウェブ上にアップロードされている白川自身の公開トークイベントの動画をもとにした。
 開幕日前日の午前中に展示作業を終え自宅に戻っていた。夕方、担当学芸員から電話があった。「大変なことになった。撤去になるかもしれない。自分では判断できないレベルになっており、夜8時に東京から館長が来て県庁の人と会議がもたれる」とのこと。9時半ごろになって、再び電話があり、「館長の判断により撤去することになった。理由は作品のモチーフの群馬県朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑は県も当事者の係争中であり、政治的に偏りがあるからだ」という。対案を考えてはいたが、学芸員が板挟みになるだけだと思い了承したという。
 展示会場に残っていた若いアーティストからの伝聞として、県庁の職員3人ほどが開幕前日に下見に来た際、白川の作品を見て、問題視したことが事の始まりという。なお、美術館側から具体的な説明は見当たらない。モチーフとなった追悼碑は、2004年、碑を管理する市民団体「『記憶 反省 そして友好』の追悼碑を守る会」(前橋市)の前身団体が、県から10年の期限付きで許可を受け、県立公園「群馬の森」に建立したものだ。10年後、県が更新を不許可にしたため、守る会が2014年11月に提訴した。2018年2月には前橋地裁が県の処分を違法として取り消したが、県は控訴している。
 白川の作品は、布を使って追悼碑を原寸大でかたどった立体作品であり、特に碑の撤去に反対の意味を込めているのではなく、公共モニュメントが抱える問題を提起したという。白川は2000年代初めから各地のモニュメントをモチーフとした作品を作っており、長崎の原子爆弾落下中心地碑などの作品を制作してきた。単なる思いつきの作品ではない。追悼碑の作品も2015年に東京の画廊、2017年には鳥取県立博物館で展示されており、特に問題とはされていない。

白川昌生《群馬県朝鮮人強制連行追悼碑》
群馬県朝鮮人強制連行追悼碑:群馬の森に2004年に設置されていたが、2024年撤去された。

2-5 わいせつ・性的表現を理由に介入

 次に、わいせつ・性的表現が理由になった事例の中で、特徴的な事例を紹介する。
 2014年、愛知県美術館の企画展「これからの写真」(会期:8月1日~9月28日)で、鷹野隆大の「おれと」シリーズが展示された。鷹野自身を含むヌードのシリーズ作品。作品のうち、男性器が写っているものを愛知県警がわいせつと判断し、撤去を指導した。この経緯は、同美術館の紀要とウェブサイトで公表されている。こうした事案が詳細に情報公開されることは極めて珍しい。アーカイブ(保管)性という観点からも今後の模範ともなる事例である。
 開幕から1週間後、愛知署署員2人が匿名の市民から通報を受けたとして美術館を訪れ、展示作品を撮影、判断は追って連絡すると帰っていった。3日後、県警から電話があり、わいせつ物陳列罪に抵触するおそれがあるとして即時撤去の指導を受けた。美術館側は抵抗したが、すでに結論は出ているとの返事だったので、急きょ、アーティストを含めて協議し、性器が写っている作品の部分を布や紙で覆い、8月13日から展示を再開した。単純に該当作品を撤去しなかったのは、警察からの介入があったことを可視化する意図があったという。
 なお、美術館側は、他館の過去の事例などを十分に踏まえて弁護士にも相談し、展示や告知、図録作成など慎重に進めた。作品は別室にして入り口をカーテンで仕切り、中学生以下だけでの鑑賞は制限し、監視員も配置した。いわゆるゾーニングを十分に行っていた

2-6「上」からの圧力が「横」からに

 ここ10年で大きく変化したのは、きっかけとなった通報や抗議の主体だ。
 従来は、1986年の富山県立近代美術館のように、公権力からの介入、あるいは右翼団体からの脅迫が典型だった。しかし、最近は匿名の市民からの、いわば「横」からの圧力にさらされている。クレームを受けて警察が動き、美術館や主催者が撤去等を決定したりした事例も少なくない。
 市民がインターネットを通じて広く自由に発信できるようになったことに加え、ヘイトスピーチにみるように歴史の歪曲、差別主義の蔓延による、市民の分断と相互監視の深刻さが背景にある。あいちトリエンナーレの事例では、自治体の首長や政治家が市民の憎悪感情を扇動し、市民の集団心理に火をつけた

2-7 背景に現代美術の変質

 問題の背景には、現代美術の変質と、一般市民が美術鑑賞する機会が広がった現状がある。
 日本の現代美術は、戦後間もなく、例えば事件を描いたルポルタージュ絵画など社会的・政治的な表現も多かったが、しばらくすると抽象絵画、立体作品では石や鉄、木材といった素材をそのまま用いた最小限の要素によるインスタレーションなど難解なものが席巻した。その後、アニメ等のサブカルチャーを引用したポップな作品や、アーティストの身近な関心事をモチーフとした私小説的な表現が流行するなど、社会的・政治的な主題の作品は常に傍流にあった。2000年代に入り、自治体が主導するいわゆる地域芸術祭やアートプロジェクトが盛んになった。これに伴い、一部の好事家だけでなく市民の目に触れる機会が増えるとともに、社会的・政治的な表現が出現してきたことが、SNSの普及と相まって、こうした問題を惹起させた背景だ。また、自治体主導の地域芸術祭は、そのほとんどが地域振興や観光インバウンドを主目的とするものであり、自治体や市民の理解が得られやすい表現、例えば住民参加型で地域コミュニティーを活性化するような作品、あるいは福祉施策に資するような作品などに流れがちであった。
 現代美術は美術史の文脈を知識として知らないと理解しづらい表現も多く、政治的表現に限らず、先鋭的、際どい表現が一般市民とトラブルを引き起こしたり、不快な表現というような市民感情を呼び起こしたりしやすい

2-8 新聞に期待される公共性

 ここで、新聞報道に期待される役割についても述べておきたい。新聞は、テレビやインターネットなどが苦手とする、記録性と精緻な論理性に基づく冷静な論考が可能な媒体である。したがって、過去の類例の引用なども交えた様々な角度から論評し、世論形成に資することが期待される。また、後代の検証や研究にも欠かせないアーカイブ性も重要だ。
 報道を一過性に終わらせず、その時代的に通底する現象にも着目して幅広く識者を取材し、横断的な論評が期待される。美術分野の事例は、公民館での会議室貸し出し等拒否事案や、後援名義の取り消し、書店でのフェアに対する威圧などに通底するものがある。新聞報道には、こうした広く深い考察が望まれる。
 インターネットは普及当初、誰でもが意見を発信できる自由なメディアとの期待があったが、昨今では、不平不満を発散させるために差別的な言動を書き込む媒体という負の面が強まっている。新聞を含むマスメディアには、SNSでは不可能な冷静でオープンな議論ができる場としての役割を期待したい。

2-9 第三者機関の設立検討を

 「表現の不自由展・その後」の中止は、「表現の自由」だけでなく、様々な観点で分析することが必要である。ただ、筆者がすべての面を論ずるには無理があり、筆者が仕事として長年携わっていた日本の放送制度を参考に、今、考えうる限りの対策を書き記してみたい
 今回の事例を見るように問題が複雑化、多層化した現在においては、単に表現の自由を声高に主張するだけでは問題の解決にならない。議論を深めることは重要だが、具体的な取り組みに結実しなければ事態は前進しない。出版や映画、写真などの分野では、裁判事例も多く、表現の自由について、一定程度知見が蓄積されている。また、美術館や博物館、公民館と同じ社会教育施設である図書館は「図書館の自由」について、戦後まもなくから着実に取り組んできた。
 一方、放送は、遅ればせながら1993年のテレビ朝日の椿報道局長発言問題を機に、BPO(放送倫理・番組向上機構)を設立するなど取り組みを始めた。
 美術においても、遅きに失してはいるが、自律的なチェック・アンド・バランスとアカウンタビリティー、そして愛知県美術館の鷹野隆大の事案のように後代の検証や研究に堪えうるべく事実を文書化、資料化し、公開・保管(アーカイブ)する機能も持った常設の第三者機関の設立も視野に入れ、他分野の取り組みを参考にすべき時期になっていると考える。

2-10 政治的中立とアーツ・カウンシル

 公的展覧会や美術館はしばしば政治的中立を言い訳に政治的な作品を排除してきた。美術に限らず、公民館が集会や講演会へ会議室を貸し出しするに際しても、この政治的中立をかざして拒否することも増えていると聞く。
 しかし、それでは、市民が多様な意見を表明、表現し、民主主義を進展させることとは逆方向ではないか。むしろ公的機関は予算を使ってでも、市民が冷静に議論し、思想の自由市場を通じて民主主義社会をより深める場を提供する役割を負っている。今回の「表現の不自由展・その後」では、政治的中立どころか、本来抑制的に振る舞うべき公権力側である複数の行政の長が「日本人、国民の心を踏みにじるもの」などと排除発言したことが、市民の憎悪感情を扇動し、冷静でオープンな議論の場の形成を阻害した。
 政治的中立とは政治的な表現を排除することではない。様々な表現を公平に扱うということである。放送を規律する放送法第4条番組準則にも政治的公平とともに、多角的論点を明らかにすることがうたわれている。憲法第21条は公権力に対し、表現の自由に介入しない義務とともに、表現の自由を確保する義務も負わせているのである。
 この原稿執筆中、2019年9月26日に文化庁があいちトリエンナーレに対する補助金不交付方針を発表した。このように美術展に対し財政支援を行う、あるいは展示スペースを貸し出す際に、企画者や芸術監督、学芸員の自律を損なわないようにする制度を確立する必要がある。第2次世界大戦中、美術表現が戦争のプロパガンダに利用されたことの反省から終戦直後、英国で生まれたアーツ・カウンシルという仕組みを、公権力と表現者の間に、検討すべき時期に来ている。
 このアーツ・カウンシルは、特に、展覧会や表現者が公的機関から資金等の支援を受ける場合、公的機関との関係で直接的な介入を受けないように適切な距離(アームズ・レングス)の確保に有効な仕組みである。このアーツ・カウンシルは既述した常設の第三者機関に機能として併設するか、既存機関にこれらの機能を付加することも考えられよう。

2-11 職責、倫理を定めた憲章を

 美術表現の自由と自律などの規定を中心に掲げた憲章を制定する取り組みも重要だ。あいちトリエンナーレでは愛知県とアーティストが「あいち宣言(プロトコル)」を作成する方向にあり、注目すべき動きである。美術館においては、既に全国美術館会議が「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」を2017年に採択・公表している。そうした既存の仕組みとの整合性を取りながら進めていく必要があろう。憲章には、美術館の自治はもとより、美術館長や学芸員、キュレーターの権限と職責の明確化とともに、美術館の内部的自由が盛り込まれるべきだ。報道における編集権の独立にあたる考え方だ。
 加えて、表現者の倫理綱領も定める必要があると私は考えている。それは、表に挙げた31事例には、倫理観が欠如したものが少なくないと見るからだ。職責を明らかにするとともに、倫理を確立しなければ自律もありえない。アーティストの思想や内面感情などを自己表現した作品ではなく、例えば表現を行う地域の歴史的・社会的な文脈を調査し、その結果をモチーフとする表現のように、ほとんど学術研究と見まがうような作品が現代美術の作品に増えている今日、学術研究分野では既に取り組まれている倫理の確立と法令知識の習得が不足している。今後、バイオテクノロジーや人工知能(AI)を使ったアート作品が出現する時代にさしかかっている現在、重要になりつつある。

2-12 実行に移す好機だ

 「表現の不自由展・その後」中止事件は、関係者が過去の事例を糧としてこなかった認識の甘さ、対応の遅れを顕在化させた。その意味において、一過性の問題とせず、それぞれの立場から抜本的な議論と対応を徹底的に考え抜き、具体策を実行すべき、またとない機会だ。1986年の富山県立近代美術館の事例以来繰り返される「悪い場所」から脱却する契機としなければならない。
 美術表現が公権力の不当な介入や、敵意ある聴衆の差別扇動を伴った「横」からの威圧に対抗するためには、他の分野や海外事例に学ぶことが必要だ。特に現代美術の特質である先鋭的な表現を萎縮させないためにも、既述のとおり、アーツ・カウンシル機能を併せ持つ常設の第三者機関の設立と、憲章の宣言など実際的な枠組みを実現することによってのみ、自律した表現の自由を確保することが可能になると筆者は考える。(敬称略。本稿は2019年10月18日までの情報に基づき執筆した。)

別表:現代美術作品が撤去、展示中止等された事例(最近約10年間)

※ なお、この記事の寄稿後も筆者は当該事例収集を継続しており、その状況は下記FaceBookにアップし、随時更新している。


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