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#263[短編]桜の夜の窓辺にて[2600字]

彼女のみつめる先に、もうぼくの影はないのだろうか。古いアルバムをめくる指先が意味ありげに止まるのを、ぼくは見逃さなかった。

(約 4,000字、解説込み)
(本編: 約 2,600字、読了まで 約 10分)


あらすじ

「ぼく」は「彼女」の記憶をもっている。いにしえの記憶、思い出の香りに包まれた幻想的な空間。お香の香りに誘われるように、過去の記憶を手繰り寄せ、彼女の心の奥底に触れるシーンを、旅行記に重ねました(97字)


◆ 桜の夜の窓辺にて



唐突にふすまが開き、明かりが漏れると、ぼくは思わず目を閉じた。ただいま、といつもの声がして、ゆっくりと扉を開けた主の顔を探す。彼女がぼくの前を過ぎてそっと窓に手をかけた瞬間、外の寒さを想像して思わず、ぎゅっと身を縮めた。

「ひらり」と、白く透けるカーテンが舞い、吹き込んだ風は思ったよりも暖かく、その意外さに拍子抜けしたんだっけ。柔らかな風が、この部屋の空気をかきまぜるように、畳の匂いが鼻をかすめる。

電気をけようと、部屋の入口へ向かう彼女は、一冊の古びた本に目を留めた。窓から射す月明りと廊下から漏れ出る光を頼りに、薄暗い部屋でページをたぐってゆく。彼女がどうしてそうするかは分からないが、ぼくはしばらく彼女をみつめていた。

わぁ……
彼女が静かにその本をめくるのをじっとみつめる。やがて氷がとけたように表情がゆるみ、安堵の表情を浮かべると、どこか遠くをみつめるように微笑んだ。

今どきアルバムにするなんて珍しい。
よほど気に入った光景なのだろうと、ぼくは思った。



書棚から机へ移動した彼女は、アルバムにすっかり夢中だ。彼女の周りだけが、時を巻き戻したかのように、ゆっくりと時間が過ぎていく。子どものような好奇心に溢れた目で、懐かしさとうれしさに微笑む彼女を、ぼくはただ見つめていた。


あるページにさしかかった時、彼女はおもむろに引出しから紙の「白いカード」を取り出した。

かすかに甘みのある温かい香りを放つそれは、まるで古い寺院の奥のほうで焚かれる、上品な白檀びゃくだんのようだった。大切そうにそれをみつめ、慎重に封を開くと、甘く、どこか懐かしい香りがより引き立ち、記憶の輪郭を呼び起こす。


小さな香立こうたてに赤い一本を取り出して、マッチをった。彼女はライターが好きではなかった。

小箱を開け、天然の木の爽やかな香りを吸い込んだあとで小さな木片を取り出す。すぅっと深呼吸をして、シュッ! と、勢いよく木片を小箱に擦りつけた瞬間、硫黄いおうのツンとした香りに顔をそむけた。

魔法のように彼女のてのひらから、ぼぅっと、あかりがうまれた。赤い線香にゆっくりと炎を近づけると、小さな炎がともり、手でふわりと扇ぐと、白い煙がゆっくりと細く立ちのぼっていった。


ぼくは少しだけこの香りが苦手で、思わずからだを丸めて、顔を布団にもぐらせた。



ぼくはいつの間にか、記憶の世界に身を委ねていた。
お香の香りに混じって、朝の雨上がりの土の香り、どこかで鳴く鳥のこえが聞こえるような気がする一一。


玉砂利たまじゃりの一本道を進むと、かわらと土とを交互に重ねた小さな門があった。いにしえからの時の流れを思わせるその門をくぐると、朝日の当たる林の中にこけむした場所が小径の両脇にあり、木漏れ日がぽつん、ぽつんと、やわらかく照らしていた。


一一なんて、美しい場所なの……。


写真は彼女が語るように、そう伝えてきたように思えた。


彼女は歩くたびにきらきらと光る苔を横目にしながら、大きく空を見上げた。両手を広げ、くるり、くるりと、えがくように、全身で光と空気を感じながら深く深呼吸をしながら歩いていく。


この煙は、心の奥底をみるように、彼女の大切な記憶をうつし出しているのだと感じていた。ぼくの脳裏に浮かび上がる彼女は、どんな表情をしているのか、ぼくのいる方からはよく見えなかった。


ぼくは、あとどれくらい彼女と一緒にいられるのだろう。

彼女の目線の先にいたのは、どんな人間なんだろう。

果てしないことのように思えて、考えるチカラが徐々に失われるのを感じながら、ぼくには到底わからないことと思い、しばらく考えるのをやめた。



明け方にほんの少しだけ雨が降ったらしく、木漏れ日が射し、きらきらと輝く苔庭こけにわを過ぎると、こんもりとした小さな丘があり、小さな林ができていた。地面にはいくらかの枯れ草の合間に若草の芽がふきだしている。

彼女は導かれるように小さな丘の前に祭壇を見つけ、その奥には小さな石碑があるようだった。どうやらここは、だれかのお墓らしい。

潔く掃き清められたその場所はどこか懐かしく、はかなげで、幻想的だ。かつてこの地では、大きないくさは無かったと記憶している。


――1200年もの間、どれだけの人々がここを訪れ、何を願ってきたのだろう。


天平のいらかの石碑に目をやり、深々とその祭壇に頭をさげた。


かの人は幾度もこの地への渡航を試みた。盲目となっても歩みをとめることのなかった動機に、想いを馳せた。来訪を果たし、今日こんにちに至るまで大切にし続けられている彼は、1000年以上もの間、永久とこしえのこの場所に今もここにり、これからもここに在り続けるだろう。


蜃気楼しんきろうのように、記憶がユラリと揺れ動くのを感じると、やがてぼくは現実に引き戻されていった。


ぼくは何故か無性に、どうしてこの場所にいるか、ぼくとは何者で、何のために生まれてきたのか。古びた遠い記憶を手繰るように、かの人の一生を想い、声にならない声で何度もむせび泣いた。渇いた喉の奥から嗚咽が漏れそうになり、涙がとめどなく流れ落ちる。


ある日、彼女はぼくにそっと打ち明けた。

仕事で、ぼくと離れなければならないと……。


ぼくといられる時間は、もう限られているのだと話し、寂しそうにぼくをみつめ、ぼくの顔に手をのばした。

たまらずにしがみつき、片時もそばを離れずに、肌を寄せていた。幼かったぼくには、彼女がいなくなるということがわからなかった。



「ルナ――」


遠くで彼女が呼ぶ声がして、目が覚めた。


チリン……!


ぼくは素早くベッドから飛び降り、彼女の足元へ駆け寄った。


にゃーん……。


彼女についていくと、横たわる彼女の胸のそばに腰をおろした。
人差し指で軽くぼくのあごを撫で、細い指先がゆっくりと、ぼくの頭とカラダをやさしく往復した。


やがて寝息を立てた彼女のそばをそっと離れたぼくは窓辺に飛び上がり、まだ幼かった頃を思い出した。

右に、左に、振り子のようにしっぽを揺らしながら、彼女を想う夜。

ほんの少しだけ開いた窓が、白檀の香りと新鮮な空気とをかきまぜる……。


ぼくと彼女はたしかに、あの場所にいた。
その記憶を包むように、ぼくは彼女の傍らで、深い、深い眠りについた。


月の女神に祈ろう……。


かの人のふるさとの、白い瓊花けいかが甘く香る、

あの場所の夢をみながら……。


<完, 約 2,600字>



 設定資料

手元の写真資料に不足があり、記憶を補い、物語の想像を膨らませるため、下記の資料を参照しました。特に引用した箇所はないのですが、物語を書く上で少しでも目に留めた資料を、すべて掲載します。


唐招提寺とうしょうだいじ(奈良県・奈良市)
 ・ 開山御廟かいざんごびょう
 ・ 著作権について

◆ 文化庁・文化財デジタルコンテンツ
 ・ 唐招提寺 鑑真和上御廟がんじんわじょうごびょう

◆ Ameba ブログ・村内伸弘のブログが好き😍
 世界遺産 唐招提寺 - 鑑真和上御廟と井上靖「天平の甍」文学碑

◆ Youtube・奈良テレビNEWS(瓊花けいか
 ・ 唐招提寺で瓊花が見ごろ(2023/04/27 配信)


 登場小物

◆ 平等院ミュージアムショップ(オンラインストア)
 ・ 平等院の香り(本編では、瑞光ずいこうを使用)

商品説明 香老舗松栄堂によるオリジナル商品です。
下記の5種類の香りが各2本ずつ入っています。お香立て付き。
 瑞光(赤色)あたたかみのある甘さ-白檀系
 安養(黄色)やわらかな柑橘-シトラス系
 無悔(紺色)かろやかな白檀-白檀系
 荘厳(濃緑)しずかで重厚な沈香-沈香系
 栄華(藤色)はなやかな花の香り-フローラル系
 サイズ 縦5.1cm×横12cm×厚さ0.4cm
 数量 お香5種類 各2本の10本セット

平等院 オンラインストア
平等院の香り


資料をお借りしまして、誠にありがとうございます。


あとがき(650字)

ねこさんと長期間、離れる時はねこさんに理由わけを話してから離れましょう。ねこさんには分かるのです、あなたがいなくなることが。寂しさに溺れて、少しでも苦しくさせてしまわないように……。

今回は、過去の旅行を複数合わせ、小説風の旅行記をお送りしました。

これまでも、今回も、小学校高学年の女の子が少しだけ赤ちゃん返りをするようなイメージで、小6~中2くらいまでの子が読みやすいような、読んだ時に想像が膨らむような、また、大人がその時期を思い出して、一日の喧騒を忘れ、静かに穏やかに過ごしたい時に寄り添う物語をお送りしています。


物語の長さを決める際に参考にしたのは、列車旅行で一駅分(3~10分)で読めそうなもの。筆者はよく車で旅行をしますが、電車の旅も好きで、車を購入する前は公共交通機関だけの旅に、よく行きました。

旅は、その瞬間に一時的な刺激や高揚感を満たすだけではなく、思い返して何度も訪ねる気分で回想します。

冗長や感情の描写、シーンの切り替えや物語の焦点、モノとモノの描写など、全体的に甘い箇所がいくつもありますが、今のチカラとして、今回はこれで公開とさせていただきました。

・・・

あなたの瞳に映る世界は、どんな色をしていますか?

もしも、過去に戻れるとしたら、あなたは誰に会いに行きますか?
あなたが一番大切にしているものは、何ですか?

あなたの心の中に、まだ伝えられていない言葉はありますか?


夜空を見上げると、どんなことを考えますか……?


今度は、あなたの物語もきかせてくださいね。
楽しみにしています。


長い作品をお読みくださり
どうもありがとうございました😊


それではまた、次の記事でお会いしましょう!


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久藤 あかり | はじめまして! スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊