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#504[星夜読書]ふしあわせと幸運──色即是空・空即是色

言葉を選ぶあまり長らく自己紹介が遅れていますが、新風を呼んだ先生のお話の続きで入院のお話です。

#星夜読書


仏教と、子どもの解釈

子どもの頃、意味は分からないのに
“世界の仕組み” だけはわかってしまった瞬間があります。

ある親類が他界したのは出生前でした。
すると、0歳から就学まで法要がつづきます。

育った家は、クリスマスを祝い、神社へ初詣に行き、仏様の前でお葬式をする。ごくごく普通の家庭です。

法事では『般若心経』というお経が読まれました。
私は幼少期を「宗教のるつぼ」といえる環境で過ごし、様々な価値観にふれました。偏見がないのです。

今日は、好転した未来を生きられるというお話です。

当時、1歳の私は、漢字もひらがなも読めません。
5歳になって、時計は読めない、ひらがなは読める。

でも、般若心経の “あの部分” だけは、なぜか立体的に耳に入ってきました。

──しきそくぜくう、くうそくぜしき。

意味が分かるはずはないのに、
「あ、これは “そういうこと” なんだな」と、
なぜか身体のほうが先に納得してしまった一節です。

1歳児、悟りの入り口だけは妙に早かった(笑)
(その後の人生で、悟りの出口は見つかったのか?)


“説明” より先に “空気” で分かること

子どもって、言葉より先に “空気” で世界を理解するようなところ、ないでしょうか。

大人がどれだけ立派なことを言っても、
声の震えや、背中の緊張のほうがよっぽど雄弁なときです。

それでなんとなく、般若心経の意味を知らなくても、
「これは “世界の仕組み” の話」とだけは分かる感覚です。

(形あるもの)は、(固定した実体がない)。
空は色として現れる。

そんな難しい話を、
私は “音の手触り” だけで受け取っていた(?)

大人の判断の「質」が、子どもの「世界」をつくる

この感覚は、のちのちに “観察の癖” になりました。

入院の判断をした医師、母の行動、このあとの学年での先生たちの叱り方も、善悪ではなく「関係性」で見てしまうということです。

誰が正しいか、ではなく、
どうしてそうなったのか。
その判断は、誰を救い、誰を傷つけたのか。

そんなふうに世界を見ていたように思います。
これは、noteの記事を読み返して気がつきました。

お経を聞きながら、
「この世は “固定した意味” でできていない」
ということを、なぜか分かってしまっていたのかな。


子どもは、世界の “構造” を先に感じる

大人になって改めて思うのは、
子どもは言葉より先に “構造” を感じる生き物ということです。

  • だれがっているのか

  • だれがしいのか

  • だれが本気で心配しているのか

  • だれが権威で動いているのか

説明がなくても、その場の空気の温度でわかること。

実は、私の入院先(T病院)の判断を、母の言う、
「誤診か、お金儲けか」ではなく、
「関係の網の中で起きたこと」と見ていました。

私は子どもの頃から一拍、あるいはそれ以上置いてから話すタイプで、感覚が動いてから構造に落として、それを言葉にするという思考の構造がありました。

そして、ある「激務」の時にこう結論づけました。

入院、母の判断、病室のおばちゃん、看護師の知人
強制退院、勉強の遅れ、家庭と社会の温度差

  • 善でも悪でもなく、ただの “縁” だった

  • その縁が重なって、結果的に救われた

  • そもそも、とても運がいい

医師の判断、病院の事情、母の判断。
どれも悪意ではなく、ただの構造としました。

大人の事情が動くときは空気がざわめきます。
結果的には「強制退院」で、それがとても怖かった。

急だったのと、激情(劇場 笑)子供ながらに、病院に迷惑をかけてしまった、とも考えていました。

同室のおばちゃんにきちんとご挨拶もできませんでした。恐らく、末期の肝炎です。キルトのネグリジェ、妊婦さんのように大きなお腹、土気色のお顔。

でもいつも笑顔で、あいさつをしてくれて、他愛もない話をして、いつもにこにこされていました。

一緒にお絵かきしたり、こうだもんね、なんて共感してくれたり。でも、看護師さんには叱られました。

それはそうです、これだけ症状の悪い方でしたので。

最後の日は大騒ぎで、母に強く手を引かれて、泣きながらおばちゃんに手を振りました。
ありがとう、元気でね、なにも言えませんでした。

その後はお見舞いに行ってはいけないと思いました。
転校に似た、涙を振り切ってお別れした場所には戻れない感覚です。

学校に戻っても後ろ髪を引かれながら、
そのまま春休みに入りました。

結局、そろばんは「5」まで置くことと、列が変わると桁が変わることしか覚えられませんでした。

これを書いていてふと、「17」の置き方を考えて、頭でパチパチしてみましたが咄嗟とっさには分かりません。

……そろばんだけは、未来の私が泣いています。
小さな計算から大きな演算へ、その積み重ねが数字でものを考えるための、軸になるからです。

でも、そのおばちゃんのことだけは、決して忘れられないのです。歳を重ねるほどに、優しく、深く、胸が痛むのです。
今日この話をさせてくれて、ありがとうございます。


今夜のあなたへ

この時間、1日のざわざわがようやく落ち着く頃。
でもまだ眠るには少し早い時間ですね。

そんな時間に、
ふと「色即是空」「空即是色」を思い出すと、
なんだか世界が少しだけ軽くなるように思います。

  • 形あるものは移ろう

  • 意味は関係性の中で変わる

  • 人の判断は完璧じゃない

でも、その不完全さの中で、
私たちは何度も救われてきたと思います。

今日も、明日も、
きっとそうです😊

あなたの今日が、少しでも軽くなりますように。


ケセラセラ🔮


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久藤 あかり | はじめまして! スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊