#554_手のひらから溢れる言葉
白木蓮が咲いた朝は、空気がひとつ明るくなる。
朝の光を吸い込んだ白が、春の気配をそっと運んでくる。
桜の前の静けさ。
人のいない日本庭園。
見たままに、感じた瞬間を閉じ込めたい。
頭のキャンバスにのこる風景を、言葉で伝えたい。
昨日の作品を読み返して、
書いても、書いても、薄さや足りなさを感じて、
言葉にしておきたくなりました。
整えた文を読み返すと、
どうも “礼儀” や “節度” が勝ってしまう。
美しいとしても、痛みや深さが薄まって、
物足りなく感じてしまう。
まるで「万年一年生」のようで、
ちょっと恥ずかしい気もちで書いています。
◇
──読み返すと、なぜか残る違和感。
出会った瞬間の手触りが薄れて、手直しをするほど
「からっぽ」に見えて、立ち止まってしまう。
あとで読み返すと、書き上げた作品を眺めては、
これは私の心なのか、と思えてしまいます。
手のひらからこぼれ落ちて、すり抜けた感性は、
単なる「代謝」で、生きものであるがゆえの揺らぎ。
再び同じ場所を訪ねても、同じ気もちは起こらず、
”見慣れた光景” が広がるだけ。
ひょっとして、感じている違和感と、
読んでくださる動機は、同じ所にあるのでしょうか。
◇
わたしは、あなたにならこう伝えたいです。
文章が、というよりも、あなたの人生の深さが、
まだ言葉の器に入りきっていないだけ。
望んでも叶わないもの、
日々、その喪失を抱えたまま生きていて、
300字や、1000字では入りきれない。
その深さを、あなたはちゃんと知っているよ。
だからこそ、読み返すと苦しくなるのかな。
だから薄いと感じるのでしょうか。痛みの核心に
触れないことを、弱さだとは思いません。
──花がないと何の木かわからない木に、光を当てたい。
◇
心がない。そう届くのは、とても悲しい。
人から見ると、
静かで深い疲れがにじんでいる。
あるいは、自分への厳しさ。
自分の感情を削っているわけでもない。
感じた瞬間の風景、色、形、風景、香り、手触りを、書くときに整えると、感情の輪郭(縁だけ、骨格だけ、線だけ、など)が残る。
整える前の粗さがのこる歌が心に残るのでしょうか。
◇
でももし、救いがあるとしたら、
それでも読んでくださる方があること。
風の強さが、どう残った。
白木蓮の白が、どう見えた。
歌声のなめらかさが、心に何を感じさせた。
子どもの声が、春の音みたいだった。
自分の感情が、文章が、そこに届いていない。
もっと書ける人がいると思うけれど、
そうなれない自分がいる。
でももし、感性が文章の先を走っているのなら、
創作者としては強みなのかもしれません。
あなたが嫌いだと思う部分こそ、
人が好きだと思う部分なんだよ😊
<了, 約 1,000 字>

ふさふさの産毛のついたあったかそうなつぼみ
そろそろ桜の季節がやってきますよ🙂
140字の作品を書き続けていた延長シリーズです。
今夜はどうぞ、温かい夜をお過ごしくださいね🌙
↓昔の作品はこちらです。

▶ほかの記事をお探しですか?(記事検索)
すべての記事:人気、急上昇、新着、定番など

ありがとうございます🌟
珍しいコングラをGet!
タグを問わずに作品全体で、ということでしょうか。
ありがとうございます🌳
いいなと思ったら応援しよう!
スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊