壊れた構造には合わせない。合わせることができない。
人間社会はあらゆる事が間違っている。
家庭、学校、地域、サークル、会社、政治、経済界、国、世界、あらゆる構造は壊れた状態で動いており、また維持されている。
どのように壊れているのかは分かる人にはよく分かる。
視える人には、たとえ視たくなくても耐えられないくらいはっきり視えてしまう。
あるいは頭で分かるより先に拒絶感が出る場合もある。
なぜここまで壊れているのかといえば人の心が健全でなく壊れているからだ。
盲目な人は自分の心が歪んでいる事に全く気付いておらず、治したり正したりすることをしないから歪な家庭、世間、会社、社会、国が作られていく。
なぜ人の心が歪んでいるかといえばあらゆる構造が歪んでいるからだ。
歪んだ構造は人の心を鈍くし、壊していく。
おおかた本人には全く無自覚のままで。
この2つは補間し合っていて互いに互いを作り上げている。
唯一、歪さに気づいてそこから意図的に脱しない限り延々と続いてしまう。
自分の心であっても、構造であっても。
しかし脱そうとすれば苦痛、苦労は避けられない。
心の歪みから脱そうとすれば自分の弱さ醜さ愚かさプライドなどと真正面から向き合わねばならず、構造から脱そうとすれば攻撃されたり孤立したり馬鹿にされたりする。
生来的に自分に嘘がつけない人は内外のあらゆる歪さが視えてしまうし気づいてしまうから、歪んだ心を放置したり壊れた構造に合わせることが出来なくなっていく。
そして年月をかけて心を治し正して、構造の中で立ち回る術を読み解き、壊れている人の世がどう回っているかが理解出来たとしても、もう心が悲鳴を上げてしまうから、歪なものに合わせることが出来ない。
そしてさらに年月を経ると、「合わせない」という意思が出来上がる。
悲しいことにその生き方は幸せであるとか幸せでないとかの外にある。
そうするしかできない故に行き着く先、流れ着いた先である。
計算して小器用に上手いこと立ち回れるという範疇のものではない。
合わせない、合わせることが出来ない人がどう生きていくかはそれぞれの持つ資源や資質性質によって違うので、個々がそれぞれの生き方を考えないといけない。
壊れた構造と壊れている人の心の世の中で、壊れないようにすること、合わせないこと、合わせることが出来ないことはほとんど誰からも理解されないので孤独な闘いになる。
しかしそれに負けずに生き抜けばある程度のギフトは貰えるようになっていると思う。
