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やっとできた夢が打ち砕かれた一言と、支援の本質【何も考えていなかった私が社会福祉士になるまで③】

夢ができた。
やっと私にも胸を張って言える、それっぽいものが。

就活がちらつき始めた大学3回生の頃。

最後はそんな私の夢が打ち砕かれた話。



グルグルした3人目エピソード

▼1人目・2人目エピソードはこちら


カオスな部屋と、彼女の本音

ジメジメ湿気が肌にまとわりつく夕方、毎週ボランティアで通っている児童養護施設で忘れられない言葉を聞いた。

「でも、のんちゃん(私)には帰る家があるやん。私やって家に帰りたい。お母さんと一緒に暮らしたいねん。」

言ったのは、中学2年生の女の子。
彼女は施設内でみんなのお姉さん的存在。「君、もしかして職員?」ってくらいしっかり者。

でも、その日だけは違った。

棚の本は床にぶちまけられ、職員さんには暴言連射。部屋は戦場。私の語彙力で表すなら、ただ一言「カオス」。

荒れた呼吸が少し落ち着いたタイミングで隣に座り、「どうしたん?」と声をかけた。長い沈黙のあと、ぽつり。

「お母さんに会いたくなった。」


“お母さん”になりたかった私(おこがましさも全開の私)

この頃の私は「ここの子ども達の“お母さん”になる!」なんてリッパな夢を掲げてた。

「このままこの施設で働いて、お母さんと一緒に過ごせない子たちの、私がお母さん代わりの存在になりたい」と意気込んでた。今思えばかなりおこがましいが、本気だった。

でも彼女の一言で、現実を突きつけられた。

「毎晩お母さんの夢見るねん。私と一緒におんねんけど、知らん大人に引き離されて、それを追いかけてる夢。」

そう話す彼女の声は、重いとか悲しいとかを超えて、なんか静かだった。
その静けさが、逆に心に刺さった。

帰り道、頭の中がグルグルしすぎて駅のホームでたぶん3人とぶつかった。(すみません)

でもその中で、はっきり分かったことがある。
「子どもたちが求めているのは、“母親代わり”じゃない。」

だって、彼女たちが本当に望んでいたのは、“お母さんと一緒に暮らせる環境”そのものだったから。


「虐待したい」と腹を痛めて産む親はいない

彼女は虐待を受けて施設に来た子だった。
「親が怖い」とか「もう会いたくない」とか言うのかと思ったら、まさかの逆。

「毎晩お母さんに会いたいって思ってる。」

それが現実だった。そして、彼女だけじゃなかった。

どんな事情があっても、子どもたちは親を想い続けている。
そして親だって、最初から虐待したくて子どもを産んだわけじゃない。
虐待せざるを得ない環境が、そこにあっただけ。

じゃあ、私に何ができる?

「親と一緒に暮らせる環境を作ることだ。」

そう思った瞬間、進むべき道が決まった。


社会福祉協議会ってなんかイカツイ名前だけど

『家族』は社会の最小単位。その次の単位が『地域』。

家族を支えるには、地域からアプローチするのが良いんじゃないか?
そして行きついたのが、地域福祉 という分野だった。

どれだけ「虐待をなくそう!」と言っても、親が精神的・経済的に追い詰められていたら、どうしようもない。

子どもを守るには、親を支えることが必要。
親を支えるには、地域の力が必要。

その地域福祉の最前線にいるのは『社会福祉協議会(社協)』だ。

よっしゃ、社協に就職だ!
…と思ったら、社会福祉士の資格とやらが必須らしい。

そんなわけで、大学卒業後に資格取得のため1年間専門学校に通ったのは、また別のお話。(朝勉のマクドで競馬予想に夢中なおっちゃんたちと友情を深めたのも、いい思い出。)

支援の本質を考える -「助ける」じゃない、本当に必要なこと

「支援」ってよく聞くけど、実際にやると想像以上に難しい。

最初の私は、「子どもたちを助けたい」「お母さん代わりになりたい」 と思っていた。でも、彼女の 「お母さんと一緒に暮らしたいねん」 という一言で、ハッとした。

支援とは、誰かの代わりになることじゃない。
その人が本当に求めている環境を整えることだ。


① 目の前の問題を解決しても、根本解決にはならない

そもそも施設に来なくていい環境を作ることが大事。(受け皿である施設の存在は言うまでもなくめちゃくちゃ大事!)
困ってから支援するのも必要だけど、「困らないようにする仕組み」=予防的な支援 がもっと重要。


② 「一方通行」じゃなく「一緒に考える」

支援って「助ける人」と「助けられる人」がいるイメージだった。
でも実際は、支援する側も、される側から学ぶことがたくさんある
一方通行じゃない。大切なのは、「押しつけ」じゃなく、相手と同じ方向を向いて一緒に考えること。


③ ゴールは「おんぶし続ける」じゃなく「自分で歩くサポート」

本当に意味がある支援は「その人が自分の力で歩けるようにすること」。
ずっと支えるんじゃなく、いつか「もう大丈夫!」と言えるようにするのが終着点。


当時の脳内を言語化すると、これらのことを身をもって学んだ。

支援とは、目の前の困りごとを解決することだけじゃない。
その人が自分らしく生きていける仕組みを作ること。


夢が砕けたあの日は、むしろ人生の転機だった。
誰かの“代わり”になるんじゃなく、その人が進みやすい道を作ること。

そう思ったら、やるべきことはまだまだ山積みで、わくわくしてる。


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ふじい のぞみ|こどもの夢とまちをつなぐ社会福祉士🚀 わーい!PCとうんうん向き合うカフェタイムのミルクレープ代にさせてもらいます✨しごとがんばれるー!

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