スマホを置いて、トランプをした夜
息子とトランプをした。
今どき、トランプなんてしなくても、スマホを開けばいくらでも遊べる。
しかも私たちは、二人とも配信をしているから、気がつけばスマホを触っている。
そんな私たちが、久しぶりにスマホを置いた。
テーブルに出したのは、昔ながらのトランプ。
神経衰弱。
七並べ。
ただ、それだけ。
なのに。
「そこじゃないって!」
「えー!負けたー!」
「よっしゃ!」
息子がゲラゲラ笑っている。
それにつられて、私も笑う。
こんなに簡単なゲームで、こんなに笑えるんだ。
50代になった今、私は「楽しいこと」って、もっと特別なものだと思っていたのかもしれない。
旅行に行ったり、
美味しいものを食べたり、
何かを達成したり。
でも、今日の楽しさは、そんなものとは少し違った。
大学生になった息子と、同じテーブルを囲んでいる。
それだけで、なんだか嬉しい。
子どもが小さい頃は、毎日のように一緒にいた。
ごはんを食べさせて、
学校へ送り出して、
帰ってきたら話を聞いて。
「あの頃は、ずっと一緒だったな」なんて思うけれど、気づけば息子は大学生。
今はそれぞれの世界がある。
それぞれの予定があって、
それぞれの人間関係があって、
それぞれのスマホの向こうに、それぞれの世界がある。
だからこそ、こうして何気なく一緒に笑える時間が、50代の私にはとても貴重に感じる。
「勝ちたい!」
私も本気になる。
そして、
「あー、負けたー!」
と悔しがる。
息子が笑う。
私も笑う。
昔は、子どもを笑わせることに一生懸命だった。
今は、息子の笑い声につられて、私が笑っている。
親子の関係も、少しずつ変わっていくんだなと思う。
子どもが大きくなると、親の役目は少しずつ減っていく。
手をかけることも、心配することも、きっとこれからもっと減っていく。
ちょっと寂しい。
でも、そのぶん「一緒に楽しむ」という関係になっていくのかもしれない。
50代になって思う。
人生って、案外こういう何でもない時間が宝物なのかもしれない。
スマホの中には、たくさんの世界がある。
でも今日、私の心に残ったのは、
画面の中の誰かじゃなくて、
目の前でゲラゲラ笑っている息子の顔。
勝ちたい私と、負けて悔しがる息子。
そんな何気ない夜を、
「いい時間だったな」と思える今が、
なんだか幸せだ。
昔ながらのトランプって、いいな。
そして、大学生の息子と笑えるって、
思っていた以上に、いいものだなぁ。
ひろみ
