【鉄の箱への決別】800万円のミニカーと、歩き始めたバブル世代。自動車という「男のロマン」の終焉と虚無
18歳。大学入学と同時に運転免許を取得し、初めて買ってもらった「ホンダ・シティターボ」。
あの小さな車体は、当時の若者にとって、絶対に手に入れなければならない「青春のパスポート」そのものでした。カセットテープから流れるサウンドに合わせて振動するボディーソニックのシート、頭上に広がるサンルーフ、そして生意気なスポイラー。初心者には不釣り合いなほど刺激的で、アクセルを踏み込むたびに世界が自分のものになったような万能感に酔いしれたものです。
あれから数十年の歳月が流れました。
ハイラックスサーフを2台乗り継ぎ、ミニクーパーで街を駆け、ランドクルーザー70でオフロードの無骨さを味わった。さらにBMW、オペル、SAAB、メルセデス・ベンツ、トヨタのクラウン……。まるでコレクションを増やすように、時代の変遷とともに車のキーを付け替えてきました。
私にとって車を所有するということは、社会的なステータスであり、何よりも「男の最高のおもちゃ」を支配するという、抗いがたいロマンだったのです。
しかし、還暦を過ぎた現在。私の手元にある国産の最高級車(レクサス)は、東京都内のマンションの地下駐車場で、ただ静かに眠り続けています。
現実は残酷なほどに合理的です。平日は仕事に追われて乗る時間など1秒もなく、妻が子供の習い事の送り迎えのために、まるで下駄代わりのように近所を走らせるだけ。週末に家族で出かけようとすれば、「どうせ関越も首都高も渋滞するから」と、全員が迷うことなく電車を選びます。
結局のところ、私がこの車に触れるのは、月に一度、マンションの洗車場で丁寧にワックスをかけ、ピカピカに磨き上げるときだけです。それはもはや移動手段ではなく、ただの「巨大で高価な鉄の箱」、あるいは実物大のミニカーを所有しているのと同じことでした。
それでも時折、過去の幻想に急き立てられるように、休日の早朝に一人で飛び起きることがあります。
家族が寝静まっているうちにエンジンをかけ、空いている関越自動車道に滑り込み、新潟方面へとアクセルを踏み込む。お気に入りの音楽を流し、オートクルーズをセットして朝の冷たい空気を切り裂くとき、確かに「気分が良い」という一瞬の陶酔が訪れます。
しかし、冷静になって計算すれば、その一瞬の自己満足のために、私は800万円近くのコストをかけているのです。投資としての効用も、コストに見合う満足度も、そこには完全に欠落しています。それでも買わずにはいられなかった。それが、モノの所有に価値を見出してきた「バブル世代」にかけられた呪いなのかもしれません。
今、私はどこへ行くにも、電車に乗るか、あるいは徒歩で移動しています。
早朝の澄んだ空気の中、自分の足で大地を踏み締め、10キロほどの距離なら平気で歩き通してしまう。重厚なエンジン音よりも、自分の心臓の鼓動と、少しずつ目覚めていく街の匂いを感じるほうが、今の私にはよほど贅沢で、生きている実感に溢れています。
「ああ、私にはもう、車はいらないのだな」と、歩きながらふと気づくのです。
世界を見渡せば、先進国はどこも過剰な機械化から「人力」へと回帰しつつあります。自転車道が整備され、歩くことの豊かさが見直されている。日本の基幹産業である自動車メーカーのマーケティング担当者は、今、強烈な焦燥感と戦っていることでしょう。
車を所有しない、あるいは必要としない世代が多数派となる未来は、もうすぐそこまで来ています。自動車という「男のロマン」を売りにしてきたこの国の産業は、これからどうやって生き残っていくのか。
ピカピカに磨かれた800万円の鉄の箱を背にして歩き出しながら、私はこの国の、少し暗い未来を思わずにはいられないのです。
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