極上の快楽
序章 ごく普通の成功者
東郷光雄は、「ごく普通」という言葉を好んだ。
自分の人生を説明するとき、彼はたいていそう言った。
ごく普通に勉強をして、ごく普通に東京大学へ入り、ごく普通に大手商社へ就職した。ごく普通に何人かの女性と恋愛をし、その中で最も結婚にふさわしいと思った女性を妻に選んだ。
妻の由紀恵は、今年で六十三歳になる。
若い頃は、黒い髪を肩の辺りで切り揃え、背筋の伸びた美しい女性だった。語学が得意で、海外の客を前にしても物怖じせず、必要なときには夫の話を遮って自分の意見を言うことができた。
東郷は、そういう由紀恵が好きだった。
少なくとも、かつてはそうだった。
結婚後、二人は東京二十三区内にマンションを購入した。そこからさらに条件のよい物件へ移り、子どもたちには自分たちが受けたのと同程度、あるいはそれ以上の教育を与えた。
長男は東京大学を出て大手金融機関へ入った。すでに結婚し、都内の別のマンションに暮らしている。
長女の彩香は一橋大学を出て外資系企業に勤めたが、三十歳を過ぎた頃に心身の調子を崩した。現在は仕事を休み、実家へ戻っている。
だから今、このマンションには東郷と由紀恵と彩香の三人が暮らしていた。
何も問題はない。
住宅ローンは完済している。老後資金も十分にある。東郷は大手商社で役職定年を迎えたあとも、継続雇用という形で会社に籍を置いている。
肩書は部長待遇の専門職。
部下はいない。
決裁権もない。
若い社員が持ってくる報告書を読み、いくつか質問をし、必要なら過去の経緯を説明する。それが彼の仕事だった。
会社へ行っても行かなくても、組織の大勢には影響しない。
だが、それを不満として口にするほど、東郷は愚かではなかった。
一般の人間から見れば、十分すぎるほど恵まれた人生である。六十五歳になっても一流企業の名刺を持ち、都心のマンションから富士山と東京タワーを眺めることができる。
定期的な健康診断を受け、週に二度はトレーニングジムに通い、年に一度は妻と海外へ行く。
これ以上、何を望むのか。
しかし、東郷が言う「ごく普通」とは、世間一般との比較ではなかった。
彼と同じように十代を受験勉強に使い、一流大学を出て、大企業に入り、それなりに出世しながら、最後には役員になれなかった男たち。
社長にも、常務にも、専務にもなれず、役職定年の日に個室を明け渡した男たち。
彼らの中での「普通」である。
勝者ではない。
けれど、敗者と呼ぶには多くのものを持ちすぎている。
老後。
シニア。
第二の人生。
人生百年時代。
社会は彼らに、美しい名前をいくつも用意していた。
それらの言葉は、東郷には、豪華な包装紙に包まれた空箱のように思えた。
中には何も入っていない。
東郷はある冬の日、自分の人生を十年ごとに区切って紙に書き出した。
十八歳までは、受験、部活動、試験、順位。
二十二歳から三十歳までは、海外留学、仕事、女性、酒、旅行。やりたいことは、ほとんどやった。
三十歳から四十歳。
思い出そうとすると、会社の窓から見えた景色が浮かんだ。会議室の長い机。部下たちの顔。だが、顔には薄い膜がかかっている。誰がどんな声で笑ったのか、うまく思い出せない。
四十歳から五十歳。
成田空港。
ロンドン。
パリ。
ニューヨーク。
ロサンゼルス。
サンフランシスコ。
シンガポール。
ジャカルタ。
ホテルの廊下と空港のラウンジが混ざり合い、どの都市で誰と何を話したのか、境界が曖昧になっていた。
はっきり覚えているのは、子どもが中学受験に合格した日のことだ。
由紀恵が珍しく大声を上げて泣いた。
長男が東京大学に合格した日も覚えている。
彩香が一橋大学に受かった日は、家族四人でホテルのレストランへ行った。
五十歳から六十歳。
会議。
異動。
人事評価。
役職定年。
送別会。
そのどれもが、似たような色をしていた。
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