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30万円を渡した瞬間、彼氏は窓を閉めて走り去った


#創作大賞2026
#お仕事小説部門

「絶対、男に騙されてる」——見抜いても、止められなかった話

「あ~絶対、男に騙されてるわ~」

ベテランのスタッフが、受付用紙を持って事務所に戻ってくるなり、そう言った。

そして実際、その通りになった。一目で見抜いていたのに、僕たちは止めることができなかった。消費者金融の窓口で働いていた頃の話だ。

受付

ある日、おとなしそうで、そしてかなり抜けた感じの女の子(記憶ではショートカットで赤く染めていた)が奈良支店に来店した。

受付に立ったのは、僕と社内恋愛中の新山さんではなく、ベテランの東さん。

その女の子、名前は吉田さん(仮名)。

借入申込書を記入している間、彼女はずっと携帯で誰かとしゃべっていた。

「うん、うん、50万円で申込するよ、わかった、うん、うん」

東さんはとりあえず淡々と、素早く受付処理を済ませ、書類を持って事務所に入ってきた。

「あ~絶対、男に騙されてると思うわ~」

僕、他一同「ですよね~」

「貸したくないな~。とりあえずLE見るわ……あ~、貸せるわ……」

LE──レンダースエクスチェンジ。他社での借入や延滞の有無を照会できる、信用情報のようなものだ。内容まではもう覚えていないが、延滞などはなかったらしい。

つまり、貸せてしまう。

「店長~! ど~しよう」

「う~ん、親会社が代わってから、貸せるやつを断ったら始末書かかなあかんからな……」

それまでの融資判断は、法律や他社との取り決め、自社のガイドラインこそあるものの、その範囲内では基本的に支店の裁量に任されていたので、今回のようなケースは支店長次第では融資はお断りしていた。

ところが外資系の傘下に入ってから、与信的にはOKな顧客に貸さなかった場合、いちいち報告書を求められるようになっていた。

「う~ん……30万!」

「は~、気が進まんわ~」

30万円

美人だが、かなりぽっちゃりした東さんが、ドスンドスンと重い足取りで窓口へ向かう。僕も様子を見に、窓口から少し離れた席に座った。

「吉田さま、先ほどからお電話している人は、どなたですか?」

「あ~、彼氏です」

「そうですか。お金を借りてくるように指示とか、されてませんか? 失礼ですが、騙されてるとか、ないですか?」

東さんはヤンキーだが、筋の通った姐御肌の人だ。なんとか吉田さんに借り入れを思いとどまらせようと、やんわり説得する。

しかし──

「ほんと、大丈夫です。騙されたりとかじゃなくて、私が借りる必要があるんです」

仕方なく、東さんは手慣れた手つきで30万円を札勘──お札を数える──していく。

吉田さんはホクホク顔で店を出ていった。

そして、彼女は戻ってきた

どれくらい経っただろう。しばらくして、吉田さんがまた店にやってきた。

その顔に、もう笑顔はない。

「吉田さん、どうされました?」

「あの、あの……さっきの30万円なんですけど……車で待ってた彼氏に、渡したんです」

東さんは、もうすべてを察した顔をしていた。

「……逃げられたんですね」

「はい。そのまま窓を閉めて、車で……。電話しても、出てくれないんです……。キャンセル、できないですか?」

「無理です。申し訳ございません。30万円は、吉田さんの債務です」

東さんはきっぱりと断った。

その後、何度かやり取りはあったものの、吉田さんはあきらめて帰っていった。

対応後

「も~ホンマに! わかりやすすぎるから、あんだけ注意したのに、なんなんもう!」

東さんは怒っていた。

「まあ、だました方も、ごはんでも一緒に食べてから消えればいいのに。すごいスピード感でしたね」と僕。

「そやな。だいたい督促の電話のときに『実は騙された』とかはよく聞くけど、こんなすぐは、なかったな」と支店長。

督促のときに発覚するのが定番なのに、あの日は受付の、ほんの数十分後だった。

今はネットで借り入れができる時代だ。窓口で東さんのように「これは怪しい」と気づいてくれる人は、もういない。だから、騙されていることにすら気づけない人が、結構いるんじゃないかと想像する。

あの日の東さんの怒りは、たぶん、優しさだったのだと思う。

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