“言葉”で災いを封じる—優しい呪文は、暮らしの中から生まれていた
Folklumina 第20章|まじないのある暮らし|第4話
「痛いの痛いの飛んでいけ」——その一言だけで、傷の痛みが軽くなった気がした。
子どもの頃は気づかなかった。でも今なら分かる。
それは、祖母がくれた“祈り”の言葉だったのかもしれない。
声に出すだけで「守られている」と感じた
転んで膝を擦りむいた私に、祖母は何度もこう言ってくれた。
「痛いの痛いの、飛んでいけ」
何度も、何度も、手のひらで撫でながら。
ただの“おまじない”のようでいて、声を聞いているうちに、不思議と痛みが引いていく気がした。
あれは、私が初めて出会った「言葉のまじない」だった。
日本に息づく“言霊”の力
古来、日本では「言霊(ことだま)」という考え方が根づいてきました。
言葉には魂が宿り、発した言葉が現実に影響を及ぼすという信仰です。
たとえば、『万葉集』に出てくる「言霊の幸ふ国」という表現。
それは、言葉が祝福をもたらす力を持つと信じられていた証です。
人々は、言葉をただの“情報”としてではなく、世界を動かす力として扱ってきました。
暮らしに溶け込んだ「唱えごと」
昔の人々は、さまざまな場面で言葉の力を使っていました。
夜泣きする赤ちゃんに「この子ではない、あの子でもない」
病の床で「南無薬師如来、この病を癒したまえ」
旅立ちには「道中無事、元気で帰ってきてね」
どの言葉にも共通するのは、「呼びかけ」と「繰り返し」。
それは、音の響きとリズムで災いを鎮め、守りを呼び寄せる“優しい呪術”だったのです。
「鬼は外、福は内」も魔法の言葉
節分のとき、豆をまきながら叫ぶ「鬼は外、福は内」。
これもただの行事ではありません。
言葉にすることで、悪いものを追い出し、良いものを呼び込むという意味を持つ呪文です。
家の中を満たす声の波が、その瞬間、本当に空気を変えていたのでしょう。
現代の言葉にも“祈り”は宿っている
今の私たちも、自然に「言葉のまじない」を使っています。
「大丈夫だよ」
「頑張って」
「ありがとう」
これらはすべて、誰かを癒やすための言葉の祈り。
声に出すことで、ほんの少し心が軽くなる。
それは、祖母の手のひらと同じように、見えない力で支えてくれる優しい魔法です。
声に出すだけで、少し前を向けるから
夜、ひとりで不安になったとき、つい口にしてしまう「大丈夫、大丈夫」という呟き。
誰かに言っているわけじゃない。
でもそれは、きっと、自分自身を守ろうとする言葉なんだと思います。
祖母が教えてくれた「痛いの痛いの飛んでいけ」は、
今でも私の中に生きていて、知らないうちに誰かに手渡しているのかもしれません。
見えないものは、目を閉じた方がよく見える。
それは、昔からそう言われていました。
