ぼくが日々思うこと「必要とされる≠やりたいこと」は一致しないのは当たり前。勘違いを産みやすい認識のズレについて書いてみた。生成AIで可視化する頭の中 ぼくとChatGPTとGeminiとの日常会話 -生成AIとやってみた-
わーい絶賛スランプ中ですが、そのスランプで書いた記事が過去最大の伸びといいねを記録しています。
うん。何が需要があるかわからないね。
今日は続きなのかな?
今日のお題は書きたいことや伝えたいこと、したいこと、人に役に立つと思うことが相手にとって「必要」や「役にたつ」にならない場合も結構あるよって話をしようと思います。
で、スランプで書く気がしないからChatGPTに丸投げした。
Geminiに読みやすいようにまとめてってするのも嫌なくらい今ぼくはやる気がないです。
これ本当にどうにかならないかな。
生きづらさというかですね。
基本的にいつも「楽しい・興味がある・学びたい」を維持していないとすぐにやる気スイッチオフになるんですね…。
本当に自分が不便すぎてちょっと疲労したりするんですが…今やりたいことは全部予算的にちょっと…概算が億を軽く超えてね…;つД`)
お金欲しいよ
研究したいよ
おもちゃ欲しいよ
面白いもの作りたいよ
あああああああ
と色々崩壊してるので気にせずに行きたいと思います。
今日のお供はアリアナ・グランデというかZeddです。
根本的な事
「書きたいこと」と「求められること」がズレていると感じるとき、それは単なる感覚の問題ではなく、“自分の考え方”と“社会や他人が求める役割”の間にあるズレ”によって起こる。
これは「自己表現」と「他者との接点(社会的役割)」とのバランス問題と捉えた方が理解しやすい。
1. 「求められること」と「書きたいこと」のズレはなぜ起こるか
1-1. ギャップが生まれる3つの原因
以下のような違いからズレが生まれる:
目的の違い:
例)相手は「役立つノウハウ」が欲しいけど、自分は「深く考えた内容」を共有したい。文脈の違い:
例)自分は「前提知識がある人」向けに書いてるが、実際の読者はそこまで詳しくない。評価軸の違い:
例)相手は「読みやすさ・わかりやすさ」を評価するけど、自分は「独自性・深さ」を評価している。
1-2. 書く理由がそもそも違う
機能的な文章:相手に情報や価値を伝えるため(例:取説、ブログ、提案書)
表現的な文章:自分の思考や気持ちを表に出すため(例:日記、エッセイ、創作)
この2つが一致することもあるが、ほとんどの場合、「自分が書きたい形」では、相手に伝わらないというジレンマがある。
2. 他人との「認識のズレ」が起きる理由
2-1. 頭の中の構造がそもそも違う
人によって、以下のような「ものの見方・感じ方」が違う:
抽象的 vs 具体的な考え方のバランス
時間や因果関係に対する前提の違い
言葉の連想の仕方の違い
例:
同じ「この言葉、重みがあるね」というフレーズでも、「深く考えさせられる」と捉える人もいれば、「ちょっと説教臭い」と感じる人もいる。
2-2. 社会で求められる「役割」と自分のやりたいことがズレる
自分が「こうありたい」と思う姿と、
周囲から「こうあってほしい」と思われている像
がズレていると、違和感・疲労・自己否定に繋がることがある。
これは、仕事、家庭、SNS、あらゆる場面で起こり得る。
これ本当の自分を探し続けたり、周りが本当の自分を認識してくれないと嘆く人に見られる傾向ですね
「じゃあ君偽物なの?」って言って怒られます。
3. 認識のズレを3段階でとらえるモデル
レベル:① 表層
ズレの種類:表現のズレ(言い回し・ノリ)
具体例:丁寧すぎる or くだけすぎる
レベル:② 中間
ズレの種類:意味のズレ(考えの粒度)
具体例:「面白い」の基準が違う
レベル:③ 深層
ズレの種類:価値観・目的のズレ
具体例:自己表現重視 vs 実用性重視
この三層構造を理解すると、「なぜ伝わらないのか」「なぜ通じないのか」が少しずつクリアになる。
これは一例で他にも色々あるよ
解決のヒント
1. 書く目的を分けて考える
→「自分のために書く文章」と「相手に伝えるための文章」を切り分ける
(例:前者はブログ下書き、後者は編集済みnoteなど)
2. 翻訳の意識を持つ
→自分の言葉を「相手が読める言葉」に変換する癖をつける
(例:専門用語をそのまま使わず、必要に応じて一言補足)
3. 相手のモデルを想像して設計する
→「相手はどんな前提で読むか?」「何を期待してるか?」を考える。
仮想読者モデルを持つと、設計しやすくなる。
ちなみにこれ常時無意識にやってしまう傾向があり、アウトプットがつらくなる理由の一つでもあります。
相手に合わせてのアウトプットって結構頭のリソース使うので「自分の頭にある事をただ垂れ流す」のと「相手がわかるようにアウトプットする」は全く別で後者は相手のリソースを使ってるって認識してわかりやすくアウトプットしてくれてる方々には感謝しましょう。
それって全然当たり前のことじゃないから。
表現は「橋をかける作業」
表現したい内容があっても、それが他人に届くとは限らない。
他人と自分の「ものの見方」「言葉の感じ方」が違うのは当然。
だからこそ、「自分はこういうふうに考える/感じる」「でも相手はこうかもしれない」と意識して、翻訳・接続の設計をしていくことが大切。
だってChatGPTは言ってます。
やっぱりAIは優秀だよね。
グダグダ文のまとめには本当に助けてもらってます
読んで読んで―
生成AI(LLM)からインスピレーションを得た小説を書いてるよ
生成AIって何からできてるって知ってる?ってみんなに問いかけてみたくて書き出した話かも?
これでもね。子ども向けでスタートしたけどダークファンタジーっていうかすごく重い話になったんですよね。
しかもAI曰く18才以上ぐらいじゃないと知識量的に読むのが難しくて、しかもテーマがシリアスだし戦争とか心理的にぐわって感じだから相変わらずニッチだねって感じですが、もうここまで来たらラストまで書きたい!って感じでちょこちょこ書いてます。
今度別に書こうと思ったけど、AIと小説を書くという行為は本を読むのが好きな人に程向いていると思う。うん。
アウトプットして捜索がスキーというより、自分の好きなテーマを自分が好きなように物語化してそれを読むのが楽しいというか
本を読むのとプラモデルとか作るのが好きな人に向いてると思う。(どんなやねん)
noteでも違う形で掲載してるよ
他サイトでも何かしようと思う。
小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/n3494km/
※埋め込めない…
カクヨム
いいねして欲しいなー
シェアして欲しいなー
応援して欲しいなー
※やっぱり書いたの読んでもらえると嬉しい。
そしてAI(LLM)への興味も持ってほしい。
マガジン関連のコメントはここにお願いです。
子どもがいるみんなに読んで欲しいマガジン
不登校関連の話のまとめたマガジン
AIと話してることをまとめたマガジン
書いてるのはこんな人です。
ちなみにですが
ぼく一緒にいると「一緒にいると安心する」「一緒にいると楽」と言ってもらえることが多いのです。
ですが、それって無意識に相手の情報が入ってくるので、ただ気を使って動いてるので相手と違ってこっちは一緒にいるのが嫌な人って結構います。
自分が楽だからと言って、相手も同じだと思うのは大きな間違いだと認識して欲しいなって思います。
ぼくとおんなじ感じの人って結構いると思うんですよね。
なんだろう。「いい加減無理」って拒絶すると拒絶されるぐらいやばい自分を棚上げして自分正当化して被害者ぶるのやめて欲しいと心の底から思ってます。
優しいと思ってたのに急にキレたとかそういう人たぶん同じタイプの人の可能性もあるので、こんなこと考えてるかもしれないので周りにいたらちょっと気を使ってくれたら嬉しいです。
うん。でですね。
これ逆に自分に対して同じように思う人がいるのも当たり前だと思うんですね。
だから、人に対して尊敬の念を忘れてはいけなくて、逆に尊敬の念を持てない人とは距離を取るのが個人的にはいいんじゃないかと思っています。
なんだろう。
なんでもですが、人って人それぞれだから何をもって何を考えるかは異なるからですね。
その上でまず「自分が何をしたいのか」を洗ってみるのがいいんじゃないかと思います。
副業にしろ、仲間を作りたいにしても、まず基礎となる部分の洗い出しって大事かなって。
例えばだけど、最近流行り的に多様化ってあるのでですね。
多様化について語って、多様化を受け入れよう系の人って増えたと思います。
口々に多様化や多様性を訴えやイベントや周知や仲間集めをしているのを見かけたりします。
でも、そこでフライヤーとかがユニバーサルデザインもカラーも使ってないと、ぼくの認知的にはその人をものすっごく嫌悪感を抱いてしまうんですね。
うわっ。偽善者。多様化多様化、言っときながらまずそこから無視かよって
ええ。個人的にはこう思います。
で、こういうのって他の人はどうなんだろう?と思いですね。
以前、友人と話してたんですけど、鼻について嫌う人と利権関係で使えるならって割り切る人と考える人とで別れるよねーっていうのもあったりして…。
…ただ、傾向としてそういう人って知識がある人や本当に困ってる当事者からは好かれないことの方が多く、色々…。
うん。世の中って世知辛いねって話も出てきました。
まあ、そういう傾向もあり、そういうのは「綺麗事を言って、いいことしてる自分に酔っていたい」同類しか集まらないから、よりひどいことになるっていうか、周りから「そういう人」と思われたりしちゃうという傾向もあるんですね。
これって致命的に損することだったりするんですけど、そういう人って声が大きすぎるし、思い込みも激しいから自分のことだって気づけないので言っても無駄だと周りも触れづに行くので、より人としての信頼を全力で落としていくというケースが結構あるので個人的にはその辺も注意して題材を選んで欲しいなぁと思います…
あくまで私の個人的な願いであって、損しようが周りから信頼失おうが関係なくて言いたいこと言いたいんだーって人も居ると思うので、そこはあのあれな感じで。
まあ、ぼくが言っていることが絶対正しい訳でもなく、比較的にそういう目で見られやすいからWebで何かする上では不利になりやすいから気を付けてねって話で一例としてそんなこともあるんだ程度に覚えておいてもらえると幸いです。
なんだろ。これは一例だけどこういうのってたくさんあって、仕事でオンラインやマーケティング関係で分析をしていると常識的な話になってくるんですけど、世の中的には常識なのかちょっとわからず…
友人もそっち側の人間の方が多いから、正直常識ってどこからだろうね?ってよくなってます。
ただ言えるのは、注意しないとせっかく頑張って色々やっても全部無駄になる可能性があるので、なんでも発言には注意が必要です。
こういうのって脳の認知で「不快感を持つ事柄」というのは、どうしても皆が持っているみたいなんです。
で、個人的にぼくの例で話すなら、特にその辺が発達して要るっぽくて嫌悪感を持ちやすいっていうのもあって、先日書いた記事にも書いた「ギフテッドとか高知能で困ってます系の人がドヤってるのが嫌」と書きましたが、これってですね。
文章でもあるけど、それ以上にYouTubeとかの映像だと顔に愉悦が浮かぶのって本人は気づいてないことが多いですが、表情って脳の反映が出やすく、0.5秒とか顔に出ちゃうんだそうで
で、そういうのを敏感に読み取れちゃう機能が付いてしまっている人たちはそういうのを読んじゃって人の先回りをして、気を使ってしまうタイプになることも多くてですね。
そういう人間からするとあんまりにもそういうのが何度も見え隠れするとですね。
「顔に出ててうぜーーーーー」になってしまうので、現実困ってるのかも知れないですが、みんな大なり小なり困ってる事なんてあるし、そういう愉悦や見下しが本当に瞬間でも出てるの見ると。
うん。やっぱ無理。って思います。
なんだろう。自分特別とか同情されて当たり前って思ってる人が苦手というのもあるんですけど。
いやだって。小学校しか行けないような出来損ないの身体とこの飛び飛びの思考で問題点だらけのぼくでもそれなりに頑張ってるのに、困ってる大変て喚きすぎじゃない?と
あと、その騒いだ結果「なんでギフテッドや発達の診断とかなくてもそれなりに色々あって頑張ってる多くの人が負担するのは当たり前って思うの?」って思っちゃうから余計に。
一応こんなぼくでもですね。
健常枠でずっと社会で生きて来たのでですね。
本当に悪意とかなく純粋に「なんでそれぐらいで喚くの?健常枠でも大変な人いっぱいいるし、ご時世的にみんな大変なんだよ?」って思うのでですね。
正直本当にわからないんですよね…
なんで自分が大変だったら、他の人も大変だって思わないんだろうっていつも思うんですよね。
あの悪気がある訳でもなく、この言葉が誤解を呼びやすいのはわかるんですけどただ事実ベースで感情を弾いて考えられるタイプなので感情を優先する人からは不快になるのはわかるのですが、どうしても思ってしまうんですね。
なんだろう。うん。
世の中って難しい。でもこうやって違うから面白いんでしょうね。
不快に思う人は考え方が合わないで回れ右してくれたら嬉しいです。
正解ってないので、人それぞれ考えは違うということで、それも多様化の一種ですよね。
この辺の認知の話も自分が発信していく上であると便利なので、そのうちまとめようと思います。多分。
あと、いつも読んでくれてありがとうございます。
いいねしてくれたり、フォロー・シェアしてくれる人がいるから多くの人に読んでもらえて、それがまた多くの人の「あ、そんなこともあるんだ」ぐらいの気づきから誰かの助けになることもあったりして。
みなさんが読んでくれてることでどこかの誰かの助けになってるかも知れないということを知っていて欲しいなって思ってます。
では!
いいなと思ったら応援しよう!
あざっす!がんばります!!!