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第5話:「履歴書を見てもらえるまで帰りません」──覚悟が面接を動かした日

就活は、順調に進む人よりも、
最初の一歩でつまずく人のほうが圧倒的に多い。


私もその一人でした。
履歴書すら見てもらえず、
「仕方がないから会うだけ」と告げられた一次面接。
あの日の私は、断られる前提で面接だったことを
知る由もありませんでした。

「帰って」と言われても私は席を立たなかったのはなぜか。
そして、その“たった一つの行動”が、
落ちるはずの面接をひっくり返すことになったのか。
ここからお話しするのは、 覚悟が試された日の記録です。

あなたは志望動機を“行動”で語れていますか。
「志望動機が薄い」と言われる人ほど、
実は“行動が足りないだけ”なのです。
あなたの「面接」の見え方が、きっと変わります。

1)履歴書を見てもらえなかった一次面接──覚悟が試された日


私の就活は、最初から順調だったわけではありませんでした。
むしろ、最初の面接は“断られる前提”で始まりました。
一次面接の日。
会社の自動ドアに近づいた瞬間、
ガラスに映った自分の姿が目に入りました。
その自分は、まだ着たことのない“あの会社の制服”を着ていたのです。
もちろん、一瞬の幻です。
でも、その光景を見た瞬間、胸の奥で何かがふっと灯りました。

「あ、私、この会社に入るんだ。」

根拠なんてありません。
けれど、なぜか“受かる”と確信していました。
その確信は、面接室に入った次の瞬間、
あっけなく揺さぶられることになります。

あの日の面接で私に起きたことは、
あなたの面接や志望動機の常識を根本から変えるはずです。

2)「仕方がないから会うだけ」──心が折れそうになった第一声


面接室に通され数分待ちました。
この数分がとても長く感じました。
面接官である人事部長が入室した瞬間、
その表情で面接室の空気が冷えた感じがしました。

そして人事部長から迷いなく放たれた第一声が
「採用担当者がね、遠回しに断っても
“面接してくれ”ってしつこい人がいるって…。
仕方がないから会うだけだよ。」

その瞬間、冷えた空気に飲み込まれるように
胸の奥がスッと冷たくなりました。

面接室に入った瞬間に告げられた、その冷たい一言。
けれど、この言葉はまだ“序章”にすぎませんでした。
ここから先、 履歴書すら開いてもらえない現実、
それでも席を立たなかった理由、
そして、私の人生を大きく動かすことになる
5回の面接のすべて が始まります。
あの日、私は何を感じ、どう動き、何を選んだのか。
あの日、私は“落ちるはずの面接”を、
たった一つの行動でひっくり返しました。

ここからが、本当の物語です。

3)覚悟の一言──「帰りません」


人事部長の言葉を聞いても
会ってもらえたということは、 履歴書と志望動機を
渡せるチャンスがあるということだという
前向きな気持ちには変わりはありませんでした。

私はすぐに封筒を差し出し、はっきりとした声で言いました。
「履歴書と志望動機です。」
履歴書の資格欄は、すべての行が埋まっていました。
履歴書の志望動機欄は5行程度しか無いため、
私は志望動機をB5用紙(当時はB5が主流)2枚にびっしり書いていました。
履歴書と志望動機は
「社会に出るための可視化した私自身そのもの」
でした。

しかし人事部長は封筒を受け取ったものの、
開封することもなく机にポンと置いただけ。
それは私の未来も一緒に置き去りにされたようでした。
その瞬間
「じゃ、受け取ったからもういいね。帰って。」
自動ドアで見た“未来の自分”が、波にさらわれて消えていくような
感覚でした。
それでも、席を立つ気にはなれませんでした。

“ここで帰ったら終わりだ”

その思いだけが、私をその場に留めていました。

そして真っすぐに出た言葉は
「履歴書を見てもらえるまで、帰りません。」
面接室の空気が、一瞬止まりました。

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就職、転職の経験と、採用広報担当者目線の経験から、今悩んでいる方や自分軸の迷子になっている方に寄り添いながら、何か気づきを得ていただけるような体験談となっています。

このシリーズは、就職活動や転職活動のノウハウ集ではありません。 「コネがない」と言われた20歳の私が、50代になるまでに経験した約30年の…

就活での悩みである企業選び、志望動機の書き方を就活した側と採用広報担当者としての両方の視点から記載しています。

第1部  就活編コネがないと言われた就職活動から始まったキャリアの原点。 企業は何を見ているのか、働くとは何かを学んだ時代です。 第1話…

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