Coco Bryce『Noches Sephardies』/カテゴライズの外側で鳴るブレイクビーツ
ブレイクビーツを軸として、さまざまな形態のダンスミュージックを手掛けてきたオランダのCoco Bryceのニューアルバム『Noches Sephardies』がRythmi Tou Kosmouから昨年11月にリリースされた。
本作はエスニックなサンプルを多用したジャングルとダウンテンポで構成されたグローカルなブレイクビーツ・アルバムであり、全編を通して一貫した世界観が描かれている。アルバムというフォーマットを通して、Coco Bryceのサンプリング・センスやブレイクビーツの構成力がこれまで以上に伝わってくる内容となっており、ジャングルの枠に留まらず、多様なジャンルのリスナーを惹きつける作品に仕上がっている。
昨年もCoco Bryceは例年通りハイペースに複数の名義で作品をリリースしていた。BXL UndergroundからはEP『Bubble Tea』、MyorのBandcampでは未発表曲で構成されたジャングルのミックステープ『Platypus』を公開。DJ Y?名義ではハードコア・ガバのシングル『In Your Head Now』をリリースし、さらにはMotëmとのユニットLight Clubにてスクウィーとダンスホール・トラックを収録した『Apropos / O Superman』も発表した。
また、ロンドンのクラブPhonoxでは7月に毎週金曜日、Coco Bryceのキュレーションによるイベントが開催され、Roni Size、DJ Die、DJ Krustといったレジェンドを招くなど、精力的な活動を見せていた。
ジャングル・シーンにおいて名実ともにトップ・アーティスト/DJとして世界的に認知され、高い評価を受けているCoco Bryceだが、本人はジャングルという枠に自らを限定することなく、その時々の感覚に正直に作りたい音楽を作り続けている。昨年はとりわけグローカル・ビーツへと意識を向けており、その探求の集大成として生まれた作品が『Noches Sephardies』であった。
アルバムに先駆けてリリースされたシングル『I Eleni』は、バングラ的な跳ねたビートとオリエンタルなサンプルが心地よく、ドープでありながら聴きやすいというCoco Bryceらしさがよく表れていた。本作は、『Noches Sephardies』へと繋がる完璧な導線であった。
『Noches Sephardies』の楽曲構成の多くはジャングルのフォーマットに基づいているが、通常のジャングルでは選ばれないサンプルの使い方や、ベースやアーメンに依存しない構成が随所に見られる。そうした点から、本作は固定化されたジャングルに対するひとつのカウンターとしても受け取れる。
Coco Bryceは以前からジャングル以外のスタイルも数多く手がけており、活動初期にはスクィーなどのビート主体の作品を中心にリリースしていた。それらの作品は、2010年代に注目を集めていたLAビーツやスクィーといったムーブメントの空気感を吸収し、自身のオリジナルなビートへと落とし込んだ素晴らしい物ばかりである。根本的に、彼の音楽の中心には一貫してブレイクビーツへの強い拘りがあり、その姿勢は現在もまったく変わっていない。
2024年の来日時には1日一緒に過ごす機会があったのだが、渋谷のdiskunionに連れて行くと、彼はヒップホップのレコード棚を熱心に掘り、多くのレコードを購入していた(滞在時間が足りなかったようで翌日も買いに行くと言っていた)。ヒップホップ以外にも、Dan HekateやBlack Mass Plastics関連のブレイクコア派生のエレクトロやオランダのオールドスクール・ガバについても熱い会話を交わし、ジャンルに縛られない生粋のディガーであることがよく分かった。Coco BryceのSoundCloudには膨大なレコードから選ばれたテーマごとのミックスも公開されている。
そうしたビート・ミュージックとディガーとしての背景が色濃く反映された作品が『Noches Sephardies』であり、昨年立ち上げられたMyorのサブレーベルRythmi Tou Kosmouは、グローカルなサウンドやビートを軸とした作品を展開している。『Noches Sephardies』とRythmi Tou Kosmouからリリースされている一連の作品は、Coco Bryceの過去と現在を繋ぎつつ、今後の彼が向かっていく方向性を示唆しているように思える。
Coco Bryceのようにブレイクビーツを多角的に捉え、グローカルな視点からアウトプットしてきたアーティストは昔から存在している。その代表的な例としては、Raz Mesinai(Badawi / Sub Dub)やdj/rupture(Nettle)が挙げられるだろう。レーベルとしてはWordSound、theAgriculture、Soot Records、Metatronix、Sub Rosaなどが、90年代後半から2000年代前半にかけて活発に活動していた。日本においても、DJとしてShiro The GoodmanやL?K?Oが、ジャングルやブレイクコアと並行してグローカルなブレイクビーツを取り入れ、それを新たな文脈としてダンスフロアに提示していた。
Coco Bryceのように、ジャングルに限定せず多様なブレイクビーツを扱うという点では、Tadd Mullinix(Dabrye / X-Altera)が連想されるが、最も共通点が多く、感性の近さを感じさせる存在として思い浮かぶのは Luke Vibert だろう。Luke Vibertはデビュー初期から現在に至るまでトリップホップ、ジャングル、ドラムンベース、アシッド・ハウス、ファンク、ディスコといったビートの効いたジャンルを複数の名義を使い分けながら発表してきたアーティストであり、サンプリングとブレイクビーツに対する深い愛情と強い拘りを30年近くに渡って貫いている。
Coco Bryce、Luke Vibert、Tadd Mullinixのようにジャングルの歴史的背景や様式美を深く理解し、敬意を払いつつもそこに留まることなく自己流に再解釈し、再提示していくアーティストの存在によって、ジャンルの可能性は更新され続けていくのだと思う。曖昧なカテゴライズや固定化されたイメージに飲み込まれない為にも、Coco Bryceの『Noches Sephardies』をじっくり聴き込み、自分自身の感性をあらためて見つめ直す必要があると感じさせられた。
