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戸籍には死亡届がある。ではネット上の自分の死亡届は誰が出すのか?人は死んだのに、なぜ契約は生き続けるのかデジタル社会が直面する「もう一つの死」

人は死んだのに、なぜ契約は生き続けるのか

デジタル社会が直面する「もう一つの死」

先日、ある投稿を目にした。

奥様を亡くされた方が、その後のサブスク契約やネットサービスの整理に何か月も苦労しているという内容だった。

契約者本人は亡くなっている。

にもかかわらず、契約は生き続ける。

クレジットカードを解約しても請求書は届く。

IDとパスワードが分かっていても、二段階認証の壁が立ちはだかる。

死亡証明書や戸籍を何度も提出させられ、ようやく担当者につながったと思えば、また別の部署に回される。

この話を読んでいて感じたのは、これは個別企業の対応の良し悪しではなく、社会全体が抱える制度的な問題だということだった。


たった30年で世界は変わった

振り返ってみると、インターネットが一般に普及してからまだ30年程度しか経っていない。

常時接続が当たり前になったのも2000年代に入ってからだ。

スマートフォンが普及したのはさらに後である。

人類は長い歴史を持つが、現在のようなネット社会は極めて新しい。

しかし、この30年でネット空間は爆発的に成長した。

今や私たちは、

  • 買い物

  • 銀行取引

  • 写真保存

  • 仕事

  • 趣味

  • 人間関係

  • 娯楽

の多くをネット空間で行っている。

現実社会と並行して、もう一つの社会が形成されたと言っても過言ではない。


現代人には二つの人生がある

かつて人の人生は現実世界だけに存在していた。

しかし現在は違う。

現実の自分と、ネット上の自分。

二つの存在を持っている。

例えば私たちは、

  • メールアドレス

  • SNSアカウント

  • クラウドストレージ

  • サブスク契約

  • ネット通販アカウント

を持っている。

しかも、それらには膨大な個人情報や財産的価値が含まれている。

つまり、現代人は「デジタル人格」とも呼べる存在を持っているのである。


死亡してもデジタル人格は消えない

問題はここから始まる。

現実世界では死亡届が提出されれば、法的には死亡が確定する。

しかしネット空間ではそうならない。

死亡しても、

  • アカウントは残る

  • 契約は残る

  • データは残る

  • 課金も続く

場合がある。

つまり、

現実世界では死亡しているのに、デジタル世界では生き続けている

という状態が発生する。

これは過去の社会には存在しなかった問題である。


最大の問題は本人確認

企業にも事情がある。

もし電話一本で

「契約者が亡くなったので解約してください」

と言われて解約してしまえば、

なりすましによる不正が横行するだろう。

だから企業は、

  • 戸籍

  • 身分証明書

  • 死亡証明書

などを要求する。

しかし、その手続きは企業ごとに違う。

遺族は何十社とも同じ説明を繰り返さなければならない。

これは遺族にも企業にも大きな負担になっている。


問題の本質は「ネット上の戸籍」がないこと

ここで重要なことに気づく。

現実世界には戸籍制度がある。

出生も死亡も国家が認証する。

しかしネット空間にはそれが存在しない。

つまり、

「この人は生きているのか」

「死亡したのか」

を公的に証明する共通基盤が存在しない。

そのため企業ごとに独自の確認を行うしかないのである。


私企業任せの限界

現在の仕組みは、

GoogleはGoogleの方法、

AppleはAppleの方法、

SNSはSNSの方法、

サブスク会社はサブスク会社の方法で対応している。

大企業は専用窓口を設置できる。

しかし中小企業には難しい。

結果として、対応に大きな格差が生まれる。

これは本来、企業ごとに競争する領域ではなく、社会インフラの問題ではないだろうか。


「デジタル死亡届」が必要ではないか

今後必要なのは、

戸籍上の死亡と連動した

「デジタル死亡認証制度」

ではないかと思う。

死亡届が受理された時点で、

本人が生前に同意している範囲で、

関係事業者に死亡が通知される。

企業はその情報を信頼して処理できる。

遺族も何十社も回らなくて済む。


課金とデータは分けて考えるべき

ここで重要なのは、

課金停止とデータ削除を分けることだ。

故人の写真や文章は遺族にとって大切な思い出である。

死亡した瞬間にすべて消えるのは問題だ。

しかし、

死亡後も利用されていないサービスの課金が続くことも問題である。

だから、

第一段階として課金停止。

第二段階として相続人がデータ処理を決める。

その方が合理的だろう。


デジタル社会の新しい課題

20世紀の制度は、基本的に現実社会だけを対象に作られていた。

しかし21世紀の私たちは違う。

現実空間とデジタル空間の両方を生きている。

それなのに、死についての制度は現実世界しか扱っていない。

このギャップが、今さまざまな問題を生み出している。


私たちは新しい時代の入り口にいる

死亡後のSNS。

残された写真データ。

消えないアカウント。

止まらないサブスク。

これらはすべて同じ問題の別の顔である。

それは、

「人間の死をデジタル社会がどう扱うのか」

という問題だ。

インターネットは社会の基盤になった。

ならば、人の死もまた、デジタル社会の中で適切に扱われなければならない。

私たちは今、その制度を作るべき時代に入ったのではないだろうか。


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