『いじめ。長女の涙』
『あれ〜?ふっちゃん、なんで持ってないの〜?』
小学生の頃、僕のあだ名は『ふっちゃん』だった。
『え、そのおもちゃ皆んなで買うって知らなかったから、、、。』
小学5年生ぐらいの時だったと記憶している。
日曜日、いつものように皆んなで集合して遊ぼうとなっていたので、約束の時間に公園に向かった。
昔から自分が遅刻するのが許せない性分なので、遊びといえど集合時間より早く到着するのが僕だった。
いつも1番乗りか2番目か、そんな感じで到着出来ていたのにこの日は僕が1番最後に到着した。
すでに到着しているいつもの4人。
今から何して遊ぶ?サッカー?野球?それとも誰かんち行ってゲームでもする?そんな相談の流れから普段の遊びは始まっていくのが常だったが、この日はどう見ても【それら】の遊びをする感じでは無さそうだった。
4人の手には同じおもちゃが握られている。
テレビコマーシャルや、少年誌の広告で最近よく目にしていたヘリコプター型のおもちゃだ。
直径10センチほどのプラスチックの円盤の上にセットされたヘリコプター、円盤下のグリップを握り横のトリガー部分を素早く引き抜けば、ヘリコプターの羽根が勢い良く回転し、手元の円盤からヘリコプターが竹とんぼのように上昇するという代物だ。
皆が一緒のモノを手に持っている。
自転車のカゴにはおもちゃ屋さんのビニール袋。
どうやら4人で今しがた購入してきたのだろうと想像出来る。
僕は一緒に買う話は何も聞かされていなかった。
胸の奥から何かが込み上げてくるけど、僕は自分で自分に分からないフリをした。
『あれ〜?ふっちゃんなんで持ってないの〜?』
1人がニヤニヤと笑いながら、聞いてきたから『知らなかった』と答えるしかなかった。
『えー!買いに行く時にいてないから変だと思ってたー!』そう言いながら笑うのは4人の中の3人。
4人に笑われていたなら、胸の奥から込み上げてきた何かが防波堤を越えたかも知れないが、1人が心配そうな眼差しで僕を見てくれていたので、堪えられた。
3人は『じゃー、今日はこれで遊ぼう!』と盛り上がり意気揚々とヘリコプターを何度も離陸させている。
ブーン!と唸りを上げて風を切り裂く羽根の音と笑い声が、鼓膜を通過して僕の胸を刺激する。
泣いたら負けだし帰ったら負けだと感じていたから、僕はただただその光景を普通の顔をして見ることにした。
3機のヘリコプターは盛んに空を舞っているが、1機だけ離陸のペースも遅いし飛距離も出ていなかった。
そのヘリコプターのパイロットが時折り僕の方を見て気にしてくれているのはわかっていた。
『ふっちゃんもやる?僕の使っていいよ』
3人には聞こえないようにヘリコプターを目の前に差し出してくれた彼はものすごく優しかったけど、この優しさに甘えてしまったら、なんとか堰き止めている感情に飲み込まれる気がしたので『買ったばっかりなのに壊したら悪いからいいよ。』と断った。
数日後、家のリビング。
『あんた、この前、偉かったらしいなぁ〜。』
母がそんなふうに声をかけてきたが、何かを成し遂げた記憶がない僕はキョトンとした顔で『どういうこと?』と返した。
『この前、みんなと遊びに行った時、全員おんなじおもちゃ持ってるのにあんた何も言わんとじっと見てたんやろ?ほんで貸してあげるて言われても、新しいのに壊したら悪いからって断ったんやろ?』
優しい彼が、彼の母に僕のことを伝え、僕の母にそれが伝わったのだろう。
時間差と【偉かった】という言葉に、胸の奥から感情の大波が再び呼び起こされ、あの日のなん倍もの大きさでやってきたそれに抗うことが出来ず飲み込まれた。
僕は泣いた。
この話を思い出すのは久しぶりぶりだった。
きっかけは夕食時に聞かされた長女の話だ。
『パパ〜、なんかお姉ちゃんさ、学校でちょっとややこしい事っていうか、嫌な事されたんだって、聞いてあげてよ。』
『ん、なに?どうした?』
『あのね、学校でね、プリントもらうでしょ?』
『うん。』
『それでね、前から後ろに回してくださいって先生がいって、前からプリント回ってくるでしょ?わかる?』
『わかるよ。』
『その時ね、私のプリントだけね、グチャグチャにされるの。』
『え??どういう事??グチャグチャ??』
『そうらしいのよ!意味わかんなくない?なんでそんな事されるのよ!』
『あのね、そういうことしてくる女の子が前にいるの。』
『ちょっと待ってな、お姉ちゃんの前に座ってる子が、お姉ちゃんのプリントをグチャグチャにして回してくるの?』
『ううん、ちがう。私の2つまえにいる子がプリントグチャグチャにして後ろに回すの。』
『2つ前なんや。』
『そう、それで1つ前の男の子はグチャグチャのがイヤだからキレイなのとって私にグチャグチャのが回ってくるの。』
『なんやそれ!?酷いな!え、その2つ前の子はなんでそんな事するん??』
『わかんないよ。』
『そうか、そら分からんか。いつからそんな事されてんの?』
『ん〜、さいきん。』
『先生には言うたか?』
『まだ言ってない。』
言わないあたりが僕に似ている。
『でもそんなの言った方がいいよね?ママだったら、おい!なんでグチャグチャにすんだよ!私にいっつもグチャグチャのが最後に私に回ってくるだろ!!って言っちゃうよ。』
『ちがうよ、さいごじゃないよ。』
『ん?どういう事?』
『私がさいごじゃないの。』
『ん??お姉ちゃんが席1番後ろじゃないの?』
『そう、うしろにもう1人いるの。』
『え、じゃあグチャグチャのとキレイなのが1枚づつお姉ちゃんのところに回ってくるって事?』
『そう。』
『え、ほんでキレイなのを後ろに回してあげて、お姉ちゃんはグチャグチャの貰ってんの??』
『そうだよ。グチャグチャの後ろにあげたらかわいそうでしょ。』
話の始めは、なんて嫌なことをしてくるクラスメイトがいるんだと怒りを覚えていたところだったが、8歳の長女の中に自分より他人を優先して考えてあげられる優しさが息づいていることに感動を覚えた。
『あんまり続くようやったら先生に話をしなさい。誰が言ったか分からんようにこっそりな。』
『それでもダメだったら?』
『パパとママが先生に言いに行く。』
『わかった。』
子供達が寝静まった後、夫婦で長女の気持ちの優しさを今一度噛み締めた。
長女の優しさが嬉しくて切なくて誇らしかった。
次の日、朝から次女の英会話スクール。
この時間はいつもなら長女は学校に行っているのだが、今日は祝日でお休みで長女も一緒だ。
英会話スクールの前で妻と次女を下ろして、僕と長女は車を停めに駐車場へ。
いつもはこの後、次女を送り届けた妻と合流してイートインのあるパン屋さんでしばしの夫婦時間を過ごすのだが今日は3人だ。
そんな状況を考え、ふと思った。
『お姉ちゃん、この後はいつもパパとママでパン食べながらコーヒー飲んだりするんやけど、今日はお姉ちゃんおるから3人やん?』
『うん。』
『めっちゃ久しぶりちゃうか!?3人になんの!』
『うん!!!ほんとだ!!!』
気持ちが上がったのか、軽くぴょんぴょん跳ねるあたりはまだまだ幼い。
『妹が生まれてから、一回もなかったんちゃう?2年半ぐらい!』
『なが!!!』そうツッコミながら笑う長女。
妻と合流して、それぞれのパンとドリンクを選びイートインスペースへ。
カウンター席で横並びの3人。
久しぶりの3人!
真ん中に座る長女の横顔がなんだか嬉しそうだ。
『さっきお姉ちゃんと言うてたんやけどな、3人になんの久しぶりぶりやなーって。』
『ママもさっき思ってたよ!2年半ぶりだよね!?!?お姉ちゃん、嬉しい??』
少し恥ずかしそうに、そしてかなり嬉しそうに笑顔を浮かべる長女。
『うん!なんか昔に戻ったみたいだね!!!!』
そう言いながらパンにかぶりつく長女の目尻は少し濡れているように見えた。
小さいながらも、この子なりにいろんな事を我慢して、いろんな事と戦っているんだと思う。
お姉ちゃん、2年半ぶりにこんな素敵な時間と幸せをパパとママにくれてありがとう!
48歳おじさんになっても胸の奥から迫ってくる感情の大波には堪えられず、僕も目尻を濡らす。




