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『流産と供養、セカンドオピニオンと弱視』

『ねぇ、今度さ時間あるときに水子供養した神社にまた行きたいんだけど。』

妻がそう話しかけてきた。

長女が生まれてから次女が生まれるまでの6年間の間に、我々夫婦は2回の流産を経験してる。

そのどちらも妊娠が発覚して8週目前後での流産。

『赤ちゃんの心音が、聞こえません。』

医師からそう告げられた妻は定期検診において2回も、このハードな結果と向き合ってきた。

そしてその数日後に手術から受ける心と身体のダメージは計り知れなかっただろうと想像する。

男の僕は妻を気遣い、家事に参加するぐらいしかできなかった事を思い出す。

その上ダメージを負った妻に容赦無く襲いかかったのは、日々の長女の子育てだ。忙しさに忙殺される中で、もしかしたらその辛さを忘れられる瞬間もあっただろうか?と思い返すが、ふとした瞬間にテレビやメディアで【妊娠】【赤ちゃん】【流産】などのワードを目にした時は、その度にまた深く傷ついていただろう。

辛い約2年間があった。

その後、次女を妊娠している事が発覚。

もちろん大いに喜んだが、同時に胸に去来する【3度目の流産】の不安。

そんな不安との決別、そして生まれて来れなかった2人を供養するために長女を連れて3人で神社に向かった。

場所は、東京から160kmほど離れた神社を選んだ。

近い方がいいのではないか?と感じる方もいるだろうが、僕らが出した結論としては不安や心配と決別し、ある程度の物理的な距離がほしいという考えに至った。そしてそちらの神社さんなら以前にも参拝で訪れていたので2人の供養にも信頼がおけるという理由からだった。

長女はその時、幼稚園の年長さん。

『生まれてこれなかった赤ちゃん2人とバイバイするんだよ。』という我々夫婦からの説明をなんとなくは理解してくれている感じだった。

目をつむり、一生懸命に小さな手を合わせてくれていた姿が印象に残っている。

供養の最後に、指人形のようなサイズの白い人形を2体渡された。

『このお人形をしばらく大切にしてあげてください。そして心が落ち着いたら、またここにそのお人形を返しに来てあげてください。』

妻は、その2体を大切に大切にいつも目の届くところに置いてあげていた。

お腹の中の次女は、僕たちが気を揉むような心配の中で魔の8週目も順調に通り過ぎ大きく成長し続けてくれていた。

出産予定日の2ヶ月ほど前だった。

『お人形、返しに行ってあげようと思うんだけど。』

妻がそう言い出した。

『そっか。行こう。』

ふたたび遠く離れた神社を訪れて2体をお返しし、手を合わせた。

そして2023年4月、次女は4080gで無事に生まれた。

僕は促進剤投与から出産まで立ち会い、妻と次女の死闘を全て脳に焼き付けた。

生まれてくるのに死闘とは、いささか違和感のある言葉の使い方だが、その様はまさに死闘だった。

涙が溢れた。

あれから2年4ヶ月。

冒頭記したように、妻がまたあの神社に行きたいと言い出した。

『この子がちゃんと生まれてくれた事を、2人に報告してないんだよね。』

ソファーに座る僕の太ももの上に立ち、器用にバランスを取りながらニコニコと笑う次女。

『そうやな、この子は行くの初めてか。』

数日後、4人家族になって初めてあの神社に向かった。

『ねぇパパ、そこに赤ちゃんのお墓があるんだっけ?』

2年前はまだ幼稚園児だった長女が前回の記憶を思い起こしているんだろう、車中でそんなふうに問いかけてきた。

『いやいや、お墓があるわけやないねん。』

『え、じゃあ何があるの?』

『んー、なんて言うたらええかなぁ〜。生まれてこなかった赤ちゃんの気持ちがあるって言うのかな〜、難しいなぁ〜。』

『魂?』

まさか魂という言葉が出てくると思わなかったので驚いたが、表現としてはそういう感じが近いと思うので『そうそう、そういう事!』と答えた。

『だから、お姉ちゃんは妹が元気に生まれてきたよー!って伝えてあげてね』と妻。

『うん、わかった!あなたが生まれた事、いっちゃうよー!!!』

チャイルドシートに座る隣りの妹に、ふざけながら喋りかける長女。

『No!!』

絶賛イヤイヤ期を英語で発動している妹の返しで車内は爆笑。

会話の楽しさもあって160kmの道のりもあっという間だ。

砂利の参道を、2歳児の手を引いて歩くのは時間が異様にかかってしまい、猛暑日ではあったが覚悟を決めて抱え上げ、上り坂になっている参道と階段を進む。

額から噴き出す汗、シャツが体にまとわりつくように張り付いて不快だ。

多少救いになるのは、この神社の空気は信じられないほどに神々しく澄んでいることだ。

そちらに意識を持っていくと幾分か気分が紛れる。

草木は生命力に溢れ、空気はエネルギーに満ちているようであるのに、どっしりとした穏やかさも感じる。

この神社の神聖な空気が気に入って供養はここにしよう。2人にはここにいてもらおうと夫婦で思えたのも場所選びの大きな要因だった。

そして今日は歓迎してくれるかのように、僕らの周りを何度も何度もオニヤンマが旋回している。

本殿にご挨拶をしてから、供養の場所へ到着。

少し大きくなった長女の小さな手と、まだまだ小さい次女の手がそれぞれ2人の魂の方を向いて合わさっている。

目を閉じると長いまつ毛がピンと上を向いて反っている雰囲気が姉妹でよく似ている。

僕も手を合わせる。

【久しぶりになってごめんね。元気に妹が生まれてくれたのでご挨拶に来ました。あなたたち2人の分も一生懸命育てるからね、また来るからね】

目を開けると妻も手を合わせている。

きっと同じような事を伝えてるだろうと思う。

おみくじや御守りをいただいて、参道を駐車場へと戻る。

8歳になった長女が2歳の妹の手を優しく引いて歩いている姿に成長を感じ、今日までの当たり前の日々に改めて感謝しながら2人を見つめてた。

この日の、長女のおみくじは吉だった。

今まで嘘のように大吉ばかり引いてきた長女は、少し元気を失っている。

『そりゃそんなこともあるわな、おみくじなんだから。』と言いながらおみくじの言葉を読んで驚いた。

【病気  医師を選べ 治る】

ここに訪れる数年前の出来事だった。

リビングで始めた遊びの視力検査で、首を捻るようにして【C】を見るので胸騒ぎがして長女と2人で眼科に向かった。

検査の結果、長女は視力が悪く弱視手前だと医師に診察された。

『今日から毎日アイパッチ(片目隠すシール)を8時間して視力の矯正です』と告げられた時には、思いもしなかった現実が重く黒く胸の中に沈み込んだ。

直径10センチはあろうかという真っ白なアイパッチ。

それを可愛い娘の顔に毎日8時間?肌の弱い長女は数日もすれば確実にアイパッチの粘着剤で顔が荒れるだろう。

でも荒れたからといって、アイパッチを貼らさないわけにはいかない。

皮膚がかぶれて泣きだす長女、心配が故に厳しく怒りながら毎日8時間のアイパッチを迫る親。

赤くただれた長女の顔。

瞬間に地獄が想像できた。

帰宅して妻に報告。

妻も僕と同じ地獄を想像した表情をしていた。

あまりに酷く、微塵の救いもない環境に叩き落とされた僕たち。

でも、叩き落とされたからって諦めていいのか?子供のことでと気持ちを奮い立たせ、藁にもすがる思いで病院を探しまくって小児専門の眼科を見つけセカンドオピニオンに賭けて見ることに。

専門医に告げられたのはアイパッチは3時間。そしてなんと最初の病院で作ったメガネは視力に合っていないものだと発覚。

ネットで必死になってアイパッチを検索すると、同じような環境下にあったママが販売する粘着剤を使わない、メガネに被せるタイプのアイパッチを発見。しかも可愛いものから、かっこいいものまで見事に女の子と男の子の趣味に沿った生地での展開が存在していた。

セカンドオピニオンで選んだ小児専門の先生のいる眼科に定期的に通う事、2年弱。

だんだんと視力も回復の兆しを見せ始め、アイパッチの時間は1日3時間から1日2時間へと進歩していっていた。

そして今回、おみくじを引く数日前に訪れた小児専門眼科医がいる病院の診察室。

『順調ですね。視力はかなり出てます。左右差も斜視もありません。メガネかけた状態であれば両目ともに1.5が出てます。』

泣きそうになる妻と僕。

頑張った長女!

先生の言葉は続いた。

『もう弱視からは抜け出したと言っていいでしょう。それに、もしかしたら高学年、5年生6年生になったらメガネも取れる可能性が出てきましたよ。頑張ったね!』

長女の顔がほころぶ。

『また3ヶ月後に定期検診しましょう。アイパッチは今日から1日1時間でいいです。』

弱視では無くなることがあっても、メガネは一生かけなければならないんだろうと覚悟していた僕たち夫婦に、これ以上ない嬉しい結果。

セカンドオピニオンの大切さを、今一度痛感。

長女の頑張りに賞賛!

このまま気を抜かずに頑張ろう。

絶対にパパとママが治してやるからな。

【病気 医師を選べ 治る】

神社に訪れてから数日後。

長女と2人で鬼滅の刃デート。

まるまる3時間の大作!

感動に次ぐ感動と興奮に次ぐ興奮。

3時間ずっとクライマックス!

ラスト、僕は号泣。

終演後『パパ、泣いてたねー!笑』

娘にいじられながらも僕は、3時間もの大作を一緒に観られるようになった長女の成長が嬉しく驚いていた。

そしてある事に気がついた。

毎日毎日、一日3時間もアイパッチをして宿題、ピアノ、遊び等々を1年以上もやってきた長女。

もし僕が今日のこの映画を片目を隠して3時間観ろと言われたならば、計り知れないストレスだっただろう。

でもそれをずっとやってきた長女がここにいる。

『パパ、泣くほど感動したの?』と続ける長女。

8歳の頑張り屋さんに気持ちを乗せながら答える。

『そやな。めっちゃ感動した!』

えらいぞ、お姉ちゃん!


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